一石橋 [2005年12月01日(木)]

Name:愛香
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私は程度を問わず性関連の呼称は恥ずかしいんです。
みんな日常会話で声に出してチンだのマンだのよく言えるなぁって。

ちなみに、サンドラと風見四郎が共演の則文映画の予告編では画面一面にSEXの三文字が何十個も出てきて困ってしまいました。
その則文の映画は嘉禾配給により香港でも公開されたことを最近知ったのでした。地元の新聞広告では「正宗日本成人電影/池玲子」という刺激的なコピーが華を添えています。なお「悪魔の生首」の撮影時期には杉本美樹との共演作「女番長ゲリラ」まで公開されてたことも判明。当時の香港人はどう感じたのでしょうか?

昭和40年代の「ヤングアイドルナウ」のブルース・リーと空手映画特集号あたりの、レイモンド(多分)が「これからは空手じゃなくてポルノでいこう!」と同年の岡田茂と全く正反対の会社方針を打ち立てていた(らしい)という記事はご覧になられたことがあると存じます。まあ「ヤングアイドルナウ」だから、どうせガセだろうという感覚もあり、たいして気にも留めてなかったの
ですけど。こんな何十年も経ってから嘉禾は本当にポルノ路線を展開しようとしてたなんて実証されてしまうと奇妙な感じです。

>烏丸少将に続いてファンキーな役でして、この二本で
>東映ファンに認知されたような感はあります。何しろ当
>時はまだ"大映の人"という呼び方をしている人は多かっ
>たですし。

あの当時であの年齢ということもあり、東映ニューフェース出身ではないだろうとは感じましたが大映ですか。
東映のイメージが強くても実は外様の人って多いですね。

殆どの登場人物が一枚看板のスターで占められていた中、
成田三樹夫の役は反則なくらい凝りまくっていて、演じてる本人もさぞ楽しかったことと思います。次点で弘樹のキャラクター造形も好きです。しかしながら、彼等の役者魂も他の出演者のエピソードも、「さんだいしょうぐんさまぁ!」で始まるヨロキンのスタンドプレイに全てをかき消してしまったような気がします。完成した映画見て、共演者達は皆ぼやたでしょう。「ずるいよ!」って。

>真田はこの後のTVシリーズの方が活きていましたよ。
>織田あきらとのコンビも悪くはなかった。

少し見てたはずですけど、印象に残っておらず
恥ずかしいかぎりです。やはり宇宙で忍者だったかなぁ。


>そんな音楽でしたっけ?これも公開以後再見したことは
>ないですね。

「ハイウェイスター」でした。失礼いたしました。
偶然にもコードもコード進行が殆ど同じなため、「パクり」なんて不届きな事抜かす輩が出てきそうでヒヤヒヤしてます。

>うちは「11PM」とかこういうのは放送してなかったんで
>すよ。最も私は既に池玲子や杉本美樹の洗礼を受けた子供
>でしたから・・・(笑)。

いいですね。「仁義」系映画を見に行って自然に見られたのですから。でも、ポスターには「成人映画」って書いてあるんですけど・・・
80年代の芳賀書店(現在セルAVショップ)の香港映画の本の黄色いページで出てたので、辛うじて池玲子は憶えましたが、杉本美樹は知らないも同然でした。80年代90年代ってのは本当に空白な時代だったのだなぁ・・・いや、自分にとってですけどね。気にしないでくださいね。

>あの寄り目のやつ(笑)。

今週、何気なく立ち寄った中古ビデオ屋で発見しました。
本編の山城新伍はあのポスターのルックスではなく、ヒゲ生やしたヒッピーって風貌でした。多分、他の映画からコラージュしたんでしょう(何故だろう)。
冒頭の川谷拓三のMCに導かれて(出番これだけ)、杉本美樹のストリップからクレジットになります。由利徹で観客役で、杉本を見て「たまんない」って表情で身悶えされている短いショットで、ビデオで見ているこっちの気分まで高揚させてくれるのです。

>いや、単にその方が効率が良かったからだと思
>います。現地ロケは倉田で!みたいないい加減な
>ノリだけで決まったのでは?

主役はロケ地に詳しい倉さんですし、番組スタッフも
身内みたいでしょうから、いろいろ無理も言えたかもしれませんしね。「おーい、倉っちゃん、きれいなお姉ちゃんのいるとこ連れてってよ」とかもあったのは。

>ニュー東映は、東映が儲かってしょうがないので
>二つにしたら二倍儲かると、単純にバカな計算をし
>たことから誕生したというのが定説ですが、

左どころか欲丸出しの計算が脳天気で微笑ましいです。
それで結局は消滅してるのが微苦笑を誘発してくれますね。
そのような話を聞いて、東映って楽しい会社だなって
思ってしまうのは、所詮第三者の気のせいなのでしょう・・・


>大蔵貢は興行師の出でして、新東宝が船出に躓い
>た後に入ってきた人です。彼は会社設立の経緯や、
>カラーよりも、興行を優先したんですよ。

興行師の出の社長だと、力道山にほだされて日本プロレスを設立した永田貞夫を思い起こします。ということは、興行師ならではの皮膚感覚が一連の凄い(いろんな意味で)作品を捻り出した・・・ということまで、私はまだ語る資格がありません。
新東宝も出来る範囲でも検証しなければ。
あの・・・大蔵映画って昔からありますけど、いや・・・関係あるのかなって前から引っかかってまして・・・やはり大蔵貢さんが作ったのかな・・・って。

これからはセックスのことを「契り」と呼ぶことにいたします。

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