『柳生一族の陰謀』(3) [2006年02月21日(火)]

『柳生一族の陰謀』(3)'78年製作、監督:深作欣二、主演:松方弘樹 他オールスター

 ( )内は映画の配役です。

 別木正左衛門(夏八木勲)という人物が出てきますが、これは実在の人物なんですけど、彼が歴史に登場するのは1652年。忠長の切腹が1633年でありますから、この辺はもうパラレル。本物の別木正左衛門は、松平伊豆守襲撃計画を立てた浪人のひとりで、通称この事件は“承応事件”と呼ばれている。その時の相棒は、武田信玄の軍師・山本勘助の子孫・山本兵部だった。

 大名家の改易・廃絶は相次ぎ、ちまたには浪人衆が溢れ出しました。これが戦国の世ならまだしも、槍一筋の功名で出世も仕官も思いのまま。ところが、家光の時代は戦国時代の終りを宣言したことから始まっていますね。彼らにはもはや働き口というものが無かったんです。有名な由比正雪事件なども同じ時期に起こっていますが、反徳川、反幕閣という雰囲気が濃厚な時代でもあったのです。

 だからこそ家光は「武断政治」を断行しなければならなかったんです。忠長の悲劇も、根本はここにあるのだ。

 別木正左衛門と同じくパラレルな登場人物が名護屋山三郎(原田芳雄)と出雲の阿国(大原麗子)。名護屋山三郎は生年不明ながら、没年は1603年とはっきりしている。関ヶ原の戦いが1600年ですからねぇ・・・・。忠長とは会うこともなかったでしょうけど。美男として有名だった人で、阿国とのロマンスも伝えられてはいます。
 その阿国の歌舞伎踊りが流行したのも1603年。これも忠長とは会うことなかったでしょうな。ロマンスの噂の多い人で、山三郎以外にも、徳川秀忠と噂になったりしています。ちなみに歌舞伎の原点は阿国の歌舞伎踊りだといわれていますね。

 小笠原源信斎(丹波哲郎)が力を借りに行く刺客・猿若雪之丞(中村米吉)。その雪之丞を預かっているのが、猿若勘三郎(中村富十郎)というのも渋い配役です。
 小笠原源信斎というのも実在の人物なんですが、彼は後回しにして、まずは猿若勘三郎です。もとは能の狂言師だった勘三郎は、新興都市の江戸で若衆歌舞伎の上演許可を得ます。いわば都会で一旗揚げようのベンチャー起業家タイプ。初代・勘三郎が猿若の名乗りだったのは、彼が「茶屋あそび」という演目の“猿若”という役を持ち役にしていたから。

 で、その猿若一門が江戸で歌舞伎を成功させて、三代目勘三郎から“中村”を名乗るんです。だから“中村”の名前は江戸歌舞伎で最も重きをなすんですな。ということは歌舞伎の発展形からフィルム娯楽へと定着した映画時代劇(最初は歌舞伎の実演から始まったのだよ)においても、“中村”の名前がどういう意味を持つかも解かろうというもの。この映画で、その猿若勘三郎を五代目・天王寺屋こと、中村富十郎が演じているのは当然過ぎる配役。こういう配役にこそ“東映イズム”があるんです!

 小笠原源信斎の登場こそ、私がこの映画にのめり込む原因となった人物です。柳生の相手として、よくぞこの人物をピックアップしてくれた!

 源信斎の流儀は真陰流といいます。この流派の源流は柳生新陰流と同じなんです。そもそもは、愛洲移香斎という人物が始めた“陰流”を基礎とし、その弟子・上泉伊勢守信綱が新陰流に発展させました。この上泉伊勢守信綱が“陰流”という流儀を爆発的に広めた人物で、柳生但馬守宗矩(萬屋錦之介)の父・柳生石舟斎、奥山休賀斎(神影流)、疋田豐五郎(疋田陰流、その弟子が「柳生武藝帖」に登場する山田浮月斎)など錚々たる人物が揃っているのです。

 その源信斎は当時の江戸で道場を開き、門弟三千人を有する大道場主で、若き日には中国に渡って“八寸の延矩”という秘技を、張良の子孫と称する男より持ち帰って連戦連勝だった。が、片や将軍家指南役を得た柳生家と、流派の源流を同じくしながら世間に埋もれる小笠原源信斎。この差は大きい! 丹波哲郎でなくとも、ちょっとやっちゃろうかい!くらいには考えたくなるはずだ。私のような剣豪マニアには堪らん人物なんです。

 この映画のタイトルからして、やはり柳生は説明しておかねばなるまい。

 流派の源流は上の通り。太閤検地で同門の松田織部より隠し田を通報された柳生は一家離散の憂き目に遭う。そのせいもあって徳川の知遇を得て後は徳川家一筋。兵法好きの家康より、秀忠指南役を仰せつかると、続いて家光の指南役も。幕藩体制の固まってきた当時、将軍家と直に接することの出来る人間は、限られた存在になりつつあった。
 その中でも指南役は密接な関係を保てる役職で、柳生宗矩が特別な地位に昇っていったのにはそういう事情もある。

 宗矩の地位があがると、彼と懇意にしようとして近づくものも増えてくる。基本的には剣術屋でありますから、しからば門弟の何某を御家の指南役に・・・・そういわれれば断る大名家はなかった訳です。もちろん進んで門弟を欲しがった家もあるくらいで。

 そうなると、宗矩は江戸にいながらにして大名衆のお家の事情がわかる訳です。そこで柳生宗矩に与えられた役職が大目付。江戸の政治は、老中・若年寄を筆頭に、「三奉行」と呼ばれる勘定・寺社・南北町奉行で司法と行政を司る。宗矩の大目付だけは、独自に大名や幕政を監察できる職で、全国の大名家に門弟を派遣している宗矩にはうってつけの仕事。

 長くなったのでまだ続くのだが、実は今回の特集の目玉は、映画『柳生一族の陰謀』幻の続編について!なのだ!・・・ということで次回もお楽しみに!
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