旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

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『TOM-YUM-GOONG/トム・ヤム・クン!』 [2006年05月10日(水)]

『TOM-YUM-GOONG/トム・ヤム・クン!』'05年製作、監督:PRACHYA PINKAEW、主演:TONY JA

 “人間というものはどんな刺激も二回目には慣れてしまうもので、つねに前回の刺激を1mmでも上回らない限り、それはもう刺激とは言えないのだ”

 これは前作『ONG BAK/マッハ!!!!!!』公開時に書いた日記から引用したものである。

 結果、その通りであったと言わざるを得ない。

 厳しい言い方かもしれないが、同じような動きから繰り出される技が、いくら高度であったとしても、一度見てしまったものはその衝撃は半減以下になる。ましてや、主演のトニー・ジャーのスタイルは大技の連続に頼った一発主義で、細かい攻防は非常に少ない。それが彼のスタイルであり個性なのだから、それそのものは変える必要はないが、見せ方だけは変えないと殺陣は単調になってしまう。
 製作者側もそれは解かっていたと見える。今回の映画はハード・ヒッティングによるインパクトそのものには頼った作りにはしていないからだ。

 それにはスタントマンの技術向上も寄与しているのだが、それは前作の世界的な成功がもたらした副産物である。ようするに、予算が増えて優秀なスタントマンを大勢雇えたから、ヒッティングの寸前に微妙にインパクトをずらすことが可能になったのだ。よって、前作にあったようなヒッティングによる衝撃だけを見せる殺陣は減った。その代りに登場したのが関節技の殺陣や、ワンカット長回しによる連続対戦ということだろう。

 もちろん、これとて完全に成功はしている訳ではない。関節技の殺陣も、要所で使えば効果的だが、多用しては展開が読めてしまうし、ワンカット長回しによる連続対戦も、撮影こそ大変だったろうことが偲ばれるが、“移動〜敵登場〜一撃”の繰り返しでは飽きてしまう。

 大技中心の一撃スタイルはトニー・ジャーのスタイルだ。それはいい。それは変える必要はない。彼の動きは、現在では世界最高レベルにある。それも間違いではない。

 だが彼の弱点は、受けに回った時の引き出しの少なさにある。だから彼がやられている場面では、何もせずにただ殴られているだけの印象を与えてしまうのだ。今回、異種格闘技戦というテーマを構築しながら、あまり殺陣そのものに変化があったように感じられない結果を残したのは、受け手のトニー・ジャーに相手の技の変化に合わせていくだけの、防御のバリエーションが少なかったからではないか?

 ジャッキーの『師弟出馬/ヤングマスター』を思い出して欲しい。

 蹴りばかりか、手技、関節技、投げ技を駆使する黄仁植の攻撃を、それぞれの技が最も効果的に見える方法で受けきったからこそ、その後のジャッキーの反撃にも説得力が出たのだ。主役を生かすのは悪役だが、悪役を生かすのは主役である。

 映画そのものについても話しておこう。

 正直言って前作と全く同じである。前作の“仏像”が“象”に変わっただけで、取り戻しに故郷を出奔したトニー・ジャーが、見知らぬ土地で受ける苦難や、協力者との出会いなど展開も前作をなぞる。好意的に解釈するなら、潤沢な予算が出来たことから、前作をバージョンアップさせたリメイクを作ったと考えられる。

 しかし、仏像奪還だけに一直線だった前作と違い、前作の相棒・PHETTHAI WONGKHAMLAOの冤罪話や、敵組織の跡目争いの話が錯綜し、象を取り戻そうとするトニー・ジャーの主筋が、アクションを進めるだけのサブ・エピソードに転落する腸捻転を起こしてしまっているのだ。
 バラバラな映画に整合性を持たせるため、象に対する過剰なまでの愛情を示し、そのくせ他のエピソードを凌駕するだけのモチベーションを持たされていないトニー・ジャーは、動物愛護の傍らで、人間の大量虐殺を繰り返す。

 はっきり言って、失敗作の烙印は逃れられまい。

 トニー・ジャーに必要なのは、今とはまったく違う映画環境(特に武術指導面)に身を置く事ではないだろうか。そこでの経験は必ずやこの素晴らしいアクション・スターを、より大きくするはずである。
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