『火鳳凰』 [2007年11月18日(日)]

『火鳳凰』'77年製作、監督:徐天榮、主演:姜大衛、上官靈鳳

 姜大衛と王雄が、来客の出迎えに出ているが、おっちょこちょいの王雄は相手を間違えてばかり。二叔というだけで相手の顔が判らないからからなのだが、同じ二叔ということで返事をした別人の若い男・李洪道は何やら謎の雰囲気。
 今日は護國会という武術家兼革命派の集まりで、姜大衛が探していたのは一門の二叔・王侠だった。

 一応、セリフの中に「打倒、軍閥!」とか「国民党革命云々・・」なんてセリフが出るところをみると、どうやら辛亥革命後、袁世凱の軍閥時代が背景のよう。今イチ定かではないのは、所有するバージョンが北京語中文字幕のもので、やはり英語字幕の無い作品は物語が把握しづらい。
 もっとも、時代背景として語られるほど大した関わりがある物語にも見えませんが。

 この護國会、一門が勢揃いすると中々圧巻である。

 王侠を筆頭に、長老・高飛(フィリップではない、同名異人)、姜大衛、岳華、羅烈、龍世家、楊烈、黄國柱、王圻生など。一門と繋がりのある葛天のおてんば娘に上官靈鳳。ここの息子で護國会メンバーの柯受良、上官靈鳳の二叔が李洪道ということになり、謎の人物も正体が割れる。

 かなり豪華な出演陣だが、実際のところ岳華や羅烈はゲストに近い。だがこの映画は、彼らの短い出番を巧く利用し物語を作っているところに工夫がなされており、B級ながら豪華感を醸し出すことに成功している。おそらくは、先に岳華たちのスケジュールを抑え、使える拘束期間から物語と配役を割り振ったのではないか?

 一門衆は打倒軍閥を叫び、結束を高めようと集まった訳だが、書生上がりの李洪道は軟弱で皆の嘲笑をかう。羅烈との練習試合でも散々なところを披露するが、一瞬素早い動きを見せたことを見逃さない者も何人かいた。このことが後に彼を窮地に陥れるのだが・・・・。

 謎の赤覆面が暗躍し、護國会一門に挑戦を叩きつけるところから物語は大きく動き出す。

 この赤覆面、何が目的かは不明ながら、護國会一門に深い恨みを抱いており、一門衆ひとりひとりを血祭りに上げていく。先ほど巧い作りだといったのはこの部分で、岳華、羅烈、黄國柱、王侠、柯受良と、ギャラの高そうな順(黄國柱のみ武術指導兼任であることが理由で)に画面から姿を消していくのだ。

 このVS赤覆面の場面が、同じようなシチュエーションや殺陣を避け、それぞれに工夫を凝らしたアクションになっているところも素晴らしい。VS岳華は、岳華が手刀の連続技という珍しいアクションをみせるかと思えば、VS羅烈は土砂降りの雨の中という功夫映画には珍しいシチュエーションを用意。あえて足もとが滑る状況を設定するとは、よほど演出(含む武術指導)に自信があったとしか思えない。
 そしてこの方法なら、ゲスト出演陣に見せ場を与えつつ、短い出番で速やかに退場願えるという、製作の実利面からもリーズナブルな方法なのだ。

 VS黄國柱は壁虎功対決、王侠暗殺場面で赤覆面の正体に疑問が持たれ、李洪道が疑われるようになるのだ。

 姜大衛と仲の良い上官靈鳳は、親戚の李洪道が疑われることに腹を立てるが、彼女も一門の悲劇には頭を痛めており、自身の得意技である“火鳳凰”を赤覆面退治に提供する。この“火鳳凰”というのが、動力源不明の鳳凰型飛行武器で、毒を噴出したり、爆発したりとオプションも付け放題のスグレ物。
 一門の世話役、龍世家と赤覆面退治の計画を練るが、何故か赤覆面は全ての作戦をことごとく見破るのだった。

 強いのだか弱いのだか判らない李洪道は、それ故に数々の疑問を招き、その間にも柯受良が犠牲になる。いよいよ姜大衛に危機が迫った時、彼を助けたのが李洪道で、国民党側の護國会一門を倒すべく送られた軍閥派の刺客・赤覆面の動向を探るため、わざと弱い振りをしていたという。

 どうも王侠の死も偽装、それを手伝ったのが彼の召使だった楊烈、彼らは日本軍から送られた軍閥派の助っ人で、彼らを指揮していたのが赤覆面だったのである。

 いまこそ一門の結集を見せる必要があり、姜大衛と上官靈鳳は共同で特訓に入る。実はこの場面こそ、この映画最大のウリとなる場面であり、わざわざこの映画を紹介する理由なのだ。

 姜大衛VS上官靈鳳! 共演もこれ一本なら、対戦もこの場面のみ!

 どうです、レア対戦マニアにはたまらんでしょうが。

 裏切り者の楊烈、王侠を倒し、ついに赤覆面との決戦を迎えるが、果たしてその正体は・・・・?! なーんて言うまでもなく、消去法で龍世家しか残っておりませんがな。

 編集が若干雑なきらいはあるが、立体的でダイナミックな殺陣はかなり好感持てる。龍世家のアクロバットも素晴らしく、功夫映画にありがちな、倒した瞬間に劇終というエンディングでもない。ちょっとしたエピローグを加えるなど、最初から最後までこの映画ならではの工夫が加えられている。B級映画であることは否定しないが、観るべき価値ある作品と言えよう。
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