旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

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『十二潭腿』 [2007年11月23日(金)]

『十二潭腿』'79年製作、監督:杜魯波、主演:梁小龍

 かつて端役時代のジャッキーをこき使ったという梁小龍も、時代の波には逆らえず、ジャッキー・モドキの練功小子片に主演することになった。

 この映画の製作された'79年は、『蛇拳』('78)のヒット後に訪れた練功小子片の大ブーム真っただ中にあった。この'79年がブームのピークで、同時期に製作された功夫映画のほとんどが練功小子片だったといっても過言ではない。
 呉思遠と共に一大ブームを巻き起こしたこともある梁小龍であったが、黒社会とのトラブルや、私生活の乱れからスターの座を追われていた。'51年生まれというから『十二潭腿』出演時にはまだ28才で、練功小子片の立役者ジャッキー・チェンとは3才しか違わない年齢だ。かつてのシャープさは見る影もなく、太った体に不摂生が伺える。

 OPに“十二潭腿”の説明があり、江正による演武(スタジオではなく野外)がある。この場面における江正の動きは素晴らしいが、彼はOPのみの出演。

 スリの梁小龍は潘耀坤の縄張りで仕事をして一味(“大細眼”こと宋錦成、山怪、林克明、魚頭雲、祁浩サ)に袋叩きにあう。賭場を経営する潘耀坤に借金がある梁小龍、万年貧乏暮らしからは抜けられない。怪我をした梁小龍を助けたのは娼館の下働き韓國材。梁小龍が住みかにしている廃寺に運ぶと、そこには車夫の谷峰も住み着いていた。

 李海生はこの地方のボスで、一帯の武館を倒して名を挙げていた。残るは周江、陳嶺威、何漢洲の三人で、腹心の劉尼と計略を練る。鐡布杉を使う李海生は挑戦状を叩き付け、周江は眼を、陳嶺威は脚を、何漢洲は腕を潰して制圧した。この様子を見ていた梁小龍は、倒れた周江らを大八車に乗せ、廃寺に匿い面倒を見る。ヘンなオヤジだと思っていた谷峰も薬の調合に酒を分けてくれた。

 潘耀坤の借金を返せない劉一帆、娘の李通明を借金のカタに売り飛ばす。金露の経営する娼館も、潘耀坤の系列で、果ては李海生にまで繋がっている。見事な悪事の構図である。
 李通明を不憫に思った韓國材、彼女を助けて梁小龍のところへ。迷惑がる梁小龍であったが、結局は面倒を見ることに。怪我をした三人の師匠たちは、そんな梁小龍にそれぞれの武術を教え、いずれは李海生に復讐して欲しいと頼む。「復讐は馬鹿らしい・・・」という梁小龍だったが、「今まで誰にも恨みはに思ったことはないのか?」と問われ、かつて潘耀坤一味に受けた屈辱を思い出す。

 特訓が始まり、周江の蔡家拳、陳嶺威の李家拳、何漢洲の莫家拳を教えられる。途中の演武が蔡李佛拳の手技をアレンジしたものに見えるが、何故素直に蔡李佛にせず莫家拳としたのか?

 腕の上がった梁小龍、街で猛威を振るう潘耀坤一味に抑えられず、一味を懲らしめる。面白いのは、この場面のロケ地が『生龍活虎小英雄/必殺ドラゴン鉄の爪』や『神龍小虎闖江湖/帰って来たドラゴン』と同じ場所で、追われた梁小龍が、相手の追跡をかわすため逃げ込んだ路地で、壁虎功を見せる場面も同じ所で撮影されている点だ。

 「先生やりましたよ!」喜び勇んで帰宅した梁小龍を鼻で笑う谷峰。そんな腕で何が出来る?と笑う谷峰に挑んだが、練功小子片お馴染みの、壺の取り合いや椅子の攻防であしらわれる。そのやりとりを見ていた三師匠、谷峰の動きに十二潭腿を見て彼が達人であることを知る。
 その技を教えて下さいと頼む梁小龍に、代わりに車夫として働くことを提案する谷峰。実はこれが足腰の鍛錬になっているのだが・・・。

 潘耀坤から梁小龍のことを聞いた劉尼、その様子から周江たちが生きていて技を教えたらしいことを知る。

 上達した梁小龍に満足し、最終仕上げに入る谷峰。紙を吊るして打つ訓練や、綿の塊をバラさずに蹴り上げるという、いつかどこかで見たような場面。
 紙を打つ場面はちょいと1インチ・パンチを思わせるが、サモの映画でも同様の場面がありましたな。ここら辺、非常に詠春拳モノっぽいが、足技ばっかりクローズアップされる梁小龍も、元々は詠春拳出身だ。

 潘耀坤一味の探索は続き、廃寺に李通明もいることがバレる。外出時に襲われ、元の娼館に連れ戻されるた李通明、金露から執拗な折檻を受け死んでしまうが、物語上殺す必要あったのか?というのも、この後、梁小龍が彼女の死を知ることはないからだ。

 娼館に助けにきた梁小龍だったが、李海生の鐡布杉に歯が立たない。韓國材の機転で神打術までは破ったが、危ういところは谷峰に救われた。鐡布杉を破るには正午に奴の気が中心に集まるまで待つことだと説く谷峰。劉家良の『洪熙官』そのままじゃん! 

 真昼の決闘を迎える梁小龍、韓國材も助っ人だ。二人の連携プレーで急所を的確に突いていく。さすがにこのラストは見ごたえがあるが、梁小龍のジャンプ力は明らかに落ちている。うまくカメラアングルで誤魔化しているか、カットを変えてトランポリンを使っているが、かつての姿を知る者には寂しいなぁ・・・。

 どの映画でも素晴らしい動きを見せる李海生は、ショウブラの養成所「南國實験劇團」で拳術指導をしていた。同所で、スタント他一般の武術指導やアクションの基礎を教えていたのは徐蝦だが、李海生はもう少しちゃんとした武術を教える係だった。
 葉問門下の詠春拳高手・招允(香港に来る以前からやっていたが、改めて葉問に入門した)から詠春拳を学び、自らも道場を主宰する本格派中の本格派である。この招允門下に狄龍がいたことから、その繋がりで映画界入り、映画出演も狄龍や、李海生に武術を学んでいた姜大衛たっての頼みで、彼らが初監督した『電單車』『吸毒者』に頼まれて出演したことから、その長い役者人生が始まった。

 ちなみにだが、狄龍や李海生がいたからかどうか、招允の武館には映画関係者が多く出入りした。張權、黎應就、楊金凌、楊澤霖は熱心な方で、李家鼎、梁家仁、林正英なども顔を出していたという。監督、俳優の区別なく学んだが、正式に弟子入りと認められているのは李海生と狄龍の二人のみである。

 ショウブラから独立プロ、デブゴン映画の常連を経てジャッキーの'80年代作品にまでまんべんなく顔を出したが、その腕前もさることながら、彼の人柄によるところも大であったろう。凄みを利かせたラスボスから、お笑い担当の三下まで、幅広い活躍を見せたが、やはり印象的なのは『少林三十六房/少林寺三十六房』の少林寺師範代役。劉家輝扮する三徳を厳しく鍛える場面では、武術と演技が一体化して、少ない言葉で全てを現した名場面に仕上がっていた。

 現在映画からは遠ざかっているが、電視劇ではまだまだ活躍していると聞く。消息不明になる人も多い中、彼のような役者ががんばっていてくれると、我々ファンもうれしいのだ。この映画の出来はそこそこだが、李海生全盛期の仕事として語り継がれるべきだろう。
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