「ベスト10について」 [2008年01月06日(日)]
「ベスト10について」
以前のmyroom時代から、映画ファンらしく、その年に観た映画のベスト&ワースト10を発表していました。その名残りなのですが、毎年のことなので、その趣旨をテンプレ化するため口上を別に書いている次第。
基本的に、その年に劇場で観た作品の中からベスト&ワースト10を決める訳ですが、私(fake)は地方に住んでいるため、映画の公開時期に若干のタイムラグが生じる場合があります。その場合は、当地で初公開であるならその年に観た映画として勘定しています。旧作のリバイバルに関しては初見でもその限りではありません。
別掲で一年間に観た映画のタイトルを載せていますが、ビデオ、TV、DVD等で観た映画は一切含まれていません。私は“極右の劇場至上主義者”でありますので、そういう形で鑑賞した映画につきましては、評価の対象外とさせていただきます。
ところで、各映画雑誌などでも、この時期になれば映画評論家の方々が選ぶベスト&ワースト10が発表されているかと思います。映画ファンの方ならば一度ならず眼にされた方も多いと存じます。
このベスト&ワースト10選出方法の問題点について、皆さんは考えたことがおありでしょうか?
基本的にこのような仕組みで作られています。
評論家100人なら100人のサンプルを採り、100種類のベスト&ワースト10を以下の得点形式によって再集計されたものが、雑誌に載っているベスト&ワースト10ということになります。基本的にはどの雑誌もこれと同じですね。
これのどこに問題があるのか?
そう思う方もいるでしょう。
実は大ありなのですよ!
これは極端な例だと思って下さい。ですが、最も分かり易い例で問題点を説明しますから。実際のベスト&ワースト10がこの通りになるという(可能性はあっても)訳ではありません。
100人の映画評論家からベスト&ワースト10のサンプルを採ったとしましよう。
そのうち過半数を超える59人が『恋空』をベスト1に推したとしましょう。1位の得点は10点ですから、『恋空』の得点はこの時点で590点。
一方、100人の評論家100人ともが5位が妥当だろうと考えた映画があったとします。タイトルは別に何でもいいのですが、仮に『クローズド・ノート』としておきましょうか。100人が5位に推せば、5位の得点は6点で総計600点となり、過半数が1位と考えた映画を超えてしまうのですよ!
勿論、実際には2位に入れる人や、10位に入れる人もいるので、最終的な得点はもっと上下するものです。しかし、この得点形式での集計だと、実に凡庸な(100人が5位に推すような)作品が、年間のベスト1に選出されてしまうことが、実のところ多々あるのですよ。
手近にこの雑誌しかないので、「映画○宝」'06年度のベスト&ワーストを例にとります。この年のベスト1は『グエムル』だったのですが、これを1位に推したのはわずかに3人。2位票が一番多く6人で、次いで6位票が5人と続きます。10位以外はまんべんなく1〜2票入っているのですが、これにより総合得点で『グエムル』が1位となった訳。以下、『硫黄島からの手紙』『トゥモロー・ワールド』『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『007/ガジノロワイヤル』『デビルズ・リジェクト』『ホステル』『父親たちの星条旗』『ユナイテッド93』『ヒルズ・ハブ・アイズ』と続きます。
1位票を取った作品だけを集めて、つまり一票の重みを大切にしてベスト10を作り直すとこうなります。
以下、一票のみ獲得した作品が31作品続きます。
まあ、上の集計だけを見ても、最終的には中庸な作品が1位になるということがおわかりいただけますでしょうか?
何故、こんなことになるのか?
自分でベスト10を作っていてわかるのですが、結局はこんなもの個人の好き嫌いだけで出来ているからですよ!
1位に一票だけ入った作品が31本もあった!ということがそれを裏付けていますね。これは「映画○宝」を例にとりましたけれど、集計方法が一緒なら他の雑誌も似たり寄ったりの展開になるのです。
我々ファンは、映画雑誌の選ぶベスト10なら、何やら権威めいたものを感じがちですが、実際は映画評論家も好き嫌いで選んでいるのです。好き嫌いではなく質(技術的なことや、映画史的観点からの作品の位置や価値のこと)だけを優先させた評価によるなら、実はもう少し同じような作品に票が集中するはずで、一票のみ獲得した作品が31作品も並ぶようなことにはならないはずなのですよ。
結局は、ベスト10であろうとワースト10であろうと、個人の好き嫌いが反映された結果であり、そのことによって票がバラつくのを考慮した結果の得点方式による集計方法であり、その結果、中庸な作品がベスト1に輝くベスト10が生まれるのです。
ベスト&ワースト10の本当の楽しみは、集計された結果の中庸なベスト&ワースト10ではなく、集計前の個人のベスト10の方にあるのです。
それすらも好き嫌いに過ぎない訳ですから、好きな作品の評価が低くても、嫌いな作品の評価が高くても、目くじら立てるほどのことも無いのですよ。
映画にコレ!といった解答など無いのですから、年に一度のお祭りとして楽しむ方が宜しいのではないでしょうか。
以前のmyroom時代から、映画ファンらしく、その年に観た映画のベスト&ワースト10を発表していました。その名残りなのですが、毎年のことなので、その趣旨をテンプレ化するため口上を別に書いている次第。
基本的に、その年に劇場で観た作品の中からベスト&ワースト10を決める訳ですが、私(fake)は地方に住んでいるため、映画の公開時期に若干のタイムラグが生じる場合があります。その場合は、当地で初公開であるならその年に観た映画として勘定しています。旧作のリバイバルに関しては初見でもその限りではありません。
別掲で一年間に観た映画のタイトルを載せていますが、ビデオ、TV、DVD等で観た映画は一切含まれていません。私は“極右の劇場至上主義者”でありますので、そういう形で鑑賞した映画につきましては、評価の対象外とさせていただきます。
ところで、各映画雑誌などでも、この時期になれば映画評論家の方々が選ぶベスト&ワースト10が発表されているかと思います。映画ファンの方ならば一度ならず眼にされた方も多いと存じます。
このベスト&ワースト10選出方法の問題点について、皆さんは考えたことがおありでしょうか?
基本的にこのような仕組みで作られています。
1位・・・・・10点
2位・・・・・9点
3位・・・・・8点
4位・・・・・7点
5位・・・・・6点
6位・・・・・5点
7位・・・・・4点
8位・・・・・3点
9位・・・・・2点
10位・・・・・1点
評論家100人なら100人のサンプルを採り、100種類のベスト&ワースト10を以下の得点形式によって再集計されたものが、雑誌に載っているベスト&ワースト10ということになります。基本的にはどの雑誌もこれと同じですね。
これのどこに問題があるのか?
そう思う方もいるでしょう。
実は大ありなのですよ!
これは極端な例だと思って下さい。ですが、最も分かり易い例で問題点を説明しますから。実際のベスト&ワースト10がこの通りになるという(可能性はあっても)訳ではありません。
100人の映画評論家からベスト&ワースト10のサンプルを採ったとしましよう。
そのうち過半数を超える59人が『恋空』をベスト1に推したとしましょう。1位の得点は10点ですから、『恋空』の得点はこの時点で590点。
一方、100人の評論家100人ともが5位が妥当だろうと考えた映画があったとします。タイトルは別に何でもいいのですが、仮に『クローズド・ノート』としておきましょうか。100人が5位に推せば、5位の得点は6点で総計600点となり、過半数が1位と考えた映画を超えてしまうのですよ!
勿論、実際には2位に入れる人や、10位に入れる人もいるので、最終的な得点はもっと上下するものです。しかし、この得点形式での集計だと、実に凡庸な(100人が5位に推すような)作品が、年間のベスト1に選出されてしまうことが、実のところ多々あるのですよ。
手近にこの雑誌しかないので、「映画○宝」'06年度のベスト&ワーストを例にとります。この年のベスト1は『グエムル』だったのですが、これを1位に推したのはわずかに3人。2位票が一番多く6人で、次いで6位票が5人と続きます。10位以外はまんべんなく1〜2票入っているのですが、これにより総合得点で『グエムル』が1位となった訳。以下、『硫黄島からの手紙』『トゥモロー・ワールド』『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『007/ガジノロワイヤル』『デビルズ・リジェクト』『ホステル』『父親たちの星条旗』『ユナイテッド93』『ヒルズ・ハブ・アイズ』と続きます。
1位票を取った作品だけを集めて、つまり一票の重みを大切にしてベスト10を作り直すとこうなります。
1位『トゥモロー・ワールド』
2位『ヒルズ・ハブ・アイズ』
3位『007/ガジノロワイヤル』
4位『ユナイテッド93』
同率『硫黄島からの手紙』
同率『グエムル』
同率『スーパーマン・リターンズ』
8位『ミュンヘン』
同率『父親たちの星条旗』
同率『時をかける少女』
同率『Exiled放・逐』
同率『ホステル』
同率『ヒストリー・オブ・バイオレンス』
同率『スキャナー・ダークリー』
同率『レディ・イン・ザ・ウォーター』
以下、一票のみ獲得した作品が31作品続きます。
まあ、上の集計だけを見ても、最終的には中庸な作品が1位になるということがおわかりいただけますでしょうか?
何故、こんなことになるのか?
自分でベスト10を作っていてわかるのですが、結局はこんなもの個人の好き嫌いだけで出来ているからですよ!
1位に一票だけ入った作品が31本もあった!ということがそれを裏付けていますね。これは「映画○宝」を例にとりましたけれど、集計方法が一緒なら他の雑誌も似たり寄ったりの展開になるのです。
我々ファンは、映画雑誌の選ぶベスト10なら、何やら権威めいたものを感じがちですが、実際は映画評論家も好き嫌いで選んでいるのです。好き嫌いではなく質(技術的なことや、映画史的観点からの作品の位置や価値のこと)だけを優先させた評価によるなら、実はもう少し同じような作品に票が集中するはずで、一票のみ獲得した作品が31作品も並ぶようなことにはならないはずなのですよ。
結局は、ベスト10であろうとワースト10であろうと、個人の好き嫌いが反映された結果であり、そのことによって票がバラつくのを考慮した結果の得点方式による集計方法であり、その結果、中庸な作品がベスト1に輝くベスト10が生まれるのです。
ベスト&ワースト10の本当の楽しみは、集計された結果の中庸なベスト&ワースト10ではなく、集計前の個人のベスト10の方にあるのです。
それすらも好き嫌いに過ぎない訳ですから、好きな作品の評価が低くても、嫌いな作品の評価が高くても、目くじら立てるほどのことも無いのですよ。
映画にコレ!といった解答など無いのですから、年に一度のお祭りとして楽しむ方が宜しいのではないでしょうか。








