旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

遅ればせながらレスです [2005年07月30日(土)]

Name:伊東かんふー
Email:kungfubaka@yahoo.co.jp
URL:

(続きです)
>映画の中で全部がピーカブーだとね。そういうのも多いん
>ですが、シリアス・タッチにしてみたり、一発で倒したりと
>緩急をつけることはしてもいいはずです。
先日「日曜洋画劇場」でオンエアした『シャンハイヌーン』はそうした試みがなされてるなという印象はある程度受けました。『新警察故事』という香港での新展開を打ち立てたのですから、その後のハリウッド作というのは、逆に期待せざるを得ない思いもあるわけで。でも…、やっぱ『ラッシュアワー3』なの?

>共演の方法はあったはずですよ。それで潰れるなら
>彼等の個性もそれまでだったということですよ。イー
>キン、アーロン、小春、サム・リーetcそんなにやわな
>連中じゃないでしょ。
もちろんJCと競演するしないにかかわらず、彼らは彼らなりに自分の出演作では個性を発揮し、香港映画を支え続けてきたわけです。ただ彼らが実際JCと共演した場合、彼らの持っている個性を活かした演出がなされるかどうか、一観客としては一抹の不安を覚えたわけです。というのも数々の名演を重ねてきた女優陣がなぜかJCの映画ではさっぱりパッとしない、という事例がこれまでの作品でいくつか散見されますのでね。ロザムンド、ドゥドゥ、ジョイ、アニタ・ユンなど、いずれも見る前は"夢の共演"とワクワクしたものでしたが…。でも彼の映画の後は、また活き活きした芝居を見せてくれている。当時は正直何で? って思いましたよ。

>ジャッキーだっていつも刑事でも構わないと思うんです。
>要はその刑事でどう物語を作るのか?が一番大事な点
>であって。
JCも一時期は刑事役にてらいはなかったと思うんですよ。でもそれは李修賢のように役を演じるというよりは、アクション、いや成家班のスタントショウを見せるためのシチュエーション作りに躍起になってたゆえなのだと、今にして感じます。

>JCが彼らのキャラを描ききれてなかったのか?
>描ききれていないといえば言えます。これは当時の
>ジャッキー作品が共通して抱えていた問題点ですよ。
>彼等のキャラはちゃんと描けていると私自身は思って
>います。が、同時に彼等は成家班にしか見えないとも思
>っているんです。高度なアクションシークエンスの
>構築を維持するには、日頃から一緒にトレーニングして
>いる仲間とでなくては不可能。それは確かですが、
>この時期のジャッキー作品は明らかに顔ぶれのマンネリ
>感から新鮮味を失っていました。
確かにJCは「マイスタント」か何かで、fakeさんがおっしゃったのと同じ事を言ってたん
ですよね。高度で新味のあるアクション構築を目指した結果が、作品のマンネリ化を招いたというのは何とも皮肉な事実ですよね。まあ今では十二分に理解は出来るんですけど、当時は単に作品のマンネリさ加減ばかり目に付いて、少々ゲンナリした覚えがあります。

>顔合わせの新鮮さの大切さは『ゴージャス』や今回の作品が
>証明したでしょう。
ですから尚更周囲では評価の低い『雙龍會』が、私にはスゴく新鮮に見えたんですよ。前半でテディ・ロビンと登場しただけで「あ、なんか違うな!」といい意味での軽い驚きがあったんです。まあ確かにアクションはいつものJC節全開でしたけども、ドラマ部分の演出手法が片手間とはいえ、明らかにそれまでの硬直化したJC演出とは異なってましたからね。その後も『超級警察』でミシェールや曾江、顧美華、『城市獵人』ではチンミーら王晶組、『重案組』では鄭則士、そして『酔拳』では狄龍や劉家良といった御大連中との初共演を果たすなど、新味のある顔合わせはそれなりに行われてきたわけです。でもその新鮮さが本当の意味で観客に実感させたのは『ゴージャス』以降でしょうね。アクションから離れたドラマ主体の演出が効を奏したともいえます。公開当時はJCファン香港映画ファン両方からそっぽを向かれるというさんざんな有様でしたが、元々佳作というか作品自体のポテンシャルが高いので、最近は両者の間で再評価の機運が高いようですね。

ファーストミッション>
>私も日本版しか見ていないです。これサモが監督した
>台湾映画ですよ。日本の資本投下により日本公開を睨み、
>台湾での公開も視野に入れた当時の台湾向けテイストも
>混ぜ合わせた混血児でしょ。当時の香港映画らしくない
>奇妙な映画です。
この"台湾向けテイスト"というのは、やはり露骨な"泣かせ"の演出も含めたウェットな部分なんでしょうかね? でも情緒的な部分が少ない香港人の気質としては、こういう見せ方は当時としえてゃ不慣れだったんだなあ、と如実にわかりますよね。

>ニコラスについてはDVDで再確認後ということで。
まもなく出ますね。私は購入予定は現時点はありませんが、fakeさんの評論を楽しみにしております。

>見る機会を奪われてはねぇ。『トレース・・』はもう
>この辺での上映は諦めているので関西地区まで遠征に出
>かけなくてはなりません。でも小中学生にそれは出来ま
>せんものね。
『トレース』は幸い見る機会に恵まれましたが、fakeさんが未見ということであれば、この作品については御覧になってからあらためてお話したいなと思います。

>『ツインズ』はこちらではとうとう上映してくれません
>でした。『2』があるなら『1』もやってくれそうで
>期待しているのです。その望みが費えるまではDVDの封は
>切らないつもりですよ。やはり劇場で見たいですから。
東京では8月から銀座シネパトスで公開が決定しました。自分も1を見逃してるんで、ついでに上映してくれればいいんですが…。

というわけで今回はこの辺で。

遅ればせながらレスです [2005年07月30日(土)]

Name:伊東かんふー
Email:kungfubaka@yahoo.co.jp
URL:

どうも、カエルです。前回は久々にfake師父とやり取りが出来て愉しかったです。またもやレスが遅れてしまい恐縮です。

>もうひとりのカエルはどうしたものか・・・・。
…(笑)。私が口出すとまたいろいろ波紋を呼んじゃいますから、あえてコメントはしません。ただ言えるのは、出るべき時には必ず出てくる、彼はそういう人です。今の私には待つことしかできません。まあ久々に旋子さんも来ましたしね。
 
>それだと自分なら『奇蹟』以降になりますかね。ジャッキーが
>全部を自分でコントロールした香港ロケの香港映画の最後は
>『奇蹟』だった。それに香港において、この89年以前と以降は
>随分と意味合いが違いますし。
確かにそうですね。fakeさんの尺度を自分なりに取り入れるとすれば、『奇蹟』直後の『飛鷹計劃』と『火焼島』は次段階への過渡期というべきでしょうか。そして取り合えず(あくまで表面上ですが)俳優オンリーのJCによる『雙龍會』へ流れ込むと。
89年の香港全体については論を持ちませんが、映画界について言えば周星馳の台頭とジェットの本格復帰が始まった。一方で『賭神』がヒットし王晶がトップ監督となった。そして80年代黄金期の象徴だったユンファ、JC、サモハンらがそれぞれの立場で時代の総括に入った…、とまあ、さまざまな形で新時代への橋渡しが進められた時期といえるでしょう。つい昨日のような気がするのですが、実はもう15年あまりも前の話なのですね。

>言葉は悪いんですが、ジャッキーの場合いつもジャッキーで、
>それ自体はジャッキー・チェンという俳優にとって最優先事項
>なのも解っています。でもジェットが、あれだけ統一感のない
>作品選びの中で、ジェット・リーという立ち位置を崩して
>いないのを見れば、ヨーロッパ映画におけるジャッキーと
>いうのは見てみたい気がしますね。
そうなんです! JC(とその主演作)って実はさまざまなジレンマを抱えた存在なんですが、そのひとつが"何をやってもジャッキー・チェン"という部分であって。でもおっしゃる通りそれが彼自身の俳優としての最大のアイデンティティでもあったりするんですよね。多分ファンもそれは常に求めてることでしょうし。
そのジレンマを解くカギはジェットのような節操のなさ=受動的な作品選択、なのかもしれないです。それが出来る可能性はやはりハリウッドよりもヨーロッパって気がします。出来ればべッソン一派からは離れて欲しいですけど。最近とんとごぶさたのレニー・ハーリンとかと組んでみたり…変わんねぇか!? ていうかハーリンもメチャメチャハリウッドやん(爆)。

>十分伝説としての存在感は持ちえているんですがね。
>一度客演でアクションも何もしない役を演じてみたり
>とか・・・・出来ないかなぁ?
実はプロデューサーとしても、いい作品たくさん送り出してんですよね。その辺ももっと評価されていいと思うんですよ。気になるのはかなり前の映画ですが『舞台姉妹』という映画。未見なんですけど、DVDジャケの裏に眼鏡をかけたJCのスチールが載ってるんですよ。どうせまたカメオでしょうけど、その一瞬の中でどんな芝居を見せたかったのかは気になります。『ジェネックスコップ』の出演場面はまたJC節全開で、気持ちはわかるんですけどほとんど武田鉄矢化してましたね(苦笑)。

>"香港映画=バカ"という偏見は旧世代の負の遺産で
>すね。王家衛世代の香港映画ファンはむしろ知らない
>でしょう。この知らないというのも不幸なことで、
>若いファンとは二重の意味で断絶があるんです。
>まず旧世代のファンがこの現実に立たねば。
全くもって耳の痛い話です。ファンの世代間(もしくはジャンル間そして好きなスター間)の断絶という問題は、香港映画という非常に特異なカテゴリーゆえに起こった悲劇?ともいえますが、やはりその大きな責任は80年代までの香港映画ファンにあるといわれてもしょうがない所です。
私や愛香さんも昨年位からこの現況を確認&改善の余地はないか(むろん我々自身の行動範囲の拡大も含め)と、他のサイトへ行ってみたりミニマムですがオフ会の場に顔を出してみたりもしたのですが、同じカテゴリー内でも所謂派閥めいたものが乱立し、その間の"断絶"ぶりもかなり根深いものがございました。本来もっともコアなファン層であるはずの方々がこの有様ですから、香港映画内の他ジャンルとの幅広い交流はもちろん、新若いファンへの伝播交流やそこから派生する新しいファンの開拓なぞ甚だ困難な話で、"知らないという不幸"は多くの香港映画ファンの中にこびり付き続けるのかなあ…というのが私の現在の心境でございます。そしてもうひとつ、こうした方々のなかにそうした世間の偏見や香港映画の日本における末期的状況を受け入れようとしない、いわば"知ろうとしない不幸"というべき気質が根付いてしまってるのも事実であります。
細々した事を言い出すとキリがないですけど、我々も含めた旧世代が残したイタイタしい負の要素から目をそむけず、認めた上で今の流れに目を向けるというのは真に重要なことだと感じます。この辺は愛香さんへのレスへの感想も含め、また機会をあらためて語りたいですし、我々には絶対避けては通れない命題だと思いますし。
私も最近、ミニマムな仕事でカンフーとは違う別ジャンルのファンたちに、こうしたアプローチも含めた試みを自分ありに行ってみたのですが、果たして受け入れられたかどうか…(苦笑)。

Re:『ズャガー No.1』 [2005年07月29日(金)]

Name:白扇仔
Email:
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> いち映画人としての彼の姿勢そのものが許せないです。

そりゃあヒドい! ヤツの場合、作品を造ろうって気持ちは無く、テキトーに趣味の李ーごっこして金を稼ごうとゆー魂胆で映画をやっているんでしょーね。映画人とゆーより悪徳商売人なんでしょう。

> 実は借りたことはあったんです。数分見ただけで返してしまいました

最近になって見てもいいかなと思ったのは主演のジュン・チョンが出て来る映画を3本見て、動きはかなりイケてたのと彼がかなりの高手だとわかり、偽リーの映画としてではなくジュン・チョンの映画として見ようと思っているからです。
彼と黄正利のタイマンは『ストリート・ソルジャー』にあったのですが、だいたい2分くらいで物足りなかったんで本作にちょっと期待してるんです。
本作のファンサイト(!)とゆーのが存在してまして、主要な登場人物が紹介されてるんですが黄正利は紹介されてなかったんで不安になってfake様に尋いてみたわけなんです。
この件は向こう(弐chの例のスレ)で尋いてみますね。

> 韓国映画でしょう。そうだと聞いてますけど。

キネ旬のムックやIMdbでも香港になってまして・・・

> 『最佳福星』は映画館の観客で一瞬です。

両作ともに即答大変有り難うございます!
『福星高照』の2分くらいとゆーのは自力で発見出来そうですが、『最佳福星』の一瞬ってーのはスゴいですねぇ。教えてもらわなければ発見できないと思います。レンタルの際には注意して見てみます。

> 直接の絡みはありませんね。

やっぱりそーでしたか。ヘタしたら成龍とは会った事すら無いのでは・・・
話はワープしますが日記の『文打』読みました。『虎男』の次くらいに笑わさせていただきました!

> 80年代の頃までは熱心でしたけどね。

80年代でビデオスルーのあの手の作品とゆえば胸毛被抜叔のとジェームズ・ライアンのとニンジャものくらいしかなかったんではないでしょーか?
J・ライアンの『サンダー・ウォリアーズ』は御覧になりましたか?

> 映画そのものは楊斯で売るために作られたからでしょうね。

ボロやんは『2』にも出てるんですが未ビデオ化なんです。同じ役なのかはわかりませんがヒジョーーーに気になってます。

> でもその場面はちょっと見てみたいですね。

fake様が御覧になったボロやん出演作で、イイ表情や演技を見せる作品ってないんですか?
有名な『シュートファイター 暗黒ドラゴン伝説』は完全な善玉なんで深みの無いアッサリしたキャラだったんですが、『タイガークロー』は、普段皆の前では普通のおとなしい市民なんだけど、実は殺した武道家たちの魂を祭壇に捧げたりしてる(戦利品を持ち帰ってもいたみたい)とゆーサイコな(深みがある)キャラなんで、ラストの表情を見て僕が勝手にいろいろ想像できる余地を与えてくれます(結局殺しの動機もわからずじまいだったし)。

> せめてヘイデンに老けメイクくらいはして欲しかったです。

あそこをああしたいなら、マスクを取って初めて素顔を晒すシーンを老けメイクをしたヘイデン君に差し替えるくらい徹底しろ、と言いたいです。

> 契約を破ったのはプラウズの方ですから仕方ないのかもしれませんが。

それにしてもベイダーが農業をやっていそーなジイさんっぽいルックスだった、のには納得行きませんでした。


『スコルピオン』を十数年ぶりに再見しました。空手チャンピオンに主演をさせる必要性がビタ一文感じられない作品でした。ってことで、格闘シーンはじぇんじぇんでした。だから主演のトニー氏がどのくらいの実力の持ち主かは、類推不能です。
そして遂に『ジャガーNo1』を見ました。こちらは空手チャンプを主演させる意味があり、格闘シーンはまあまあでしたが、彼の動きはチャック・ノリスよりもイイんじゃないのぉ? を感じました。
これで、同時期?に空手のチャンプ?だった人たちの主演作は一応目を通した事になりますが、膿豚とジェームズ・ライアンを含めてもジョー・ルイスが1番ルックスが良くタッパもあって体つきもいいし、動きも1番イイと思うんですが、なぜC・ノリスほどのスターにはなれなかったのかが不思議です。彼なら空手なしのただのアクション・スターにもなれたろーにと思うのですが。
僕はこれ1本しか見てませんが、fake様ならロビン・ショウと闘った『戦籠』も見ている(『フォース・ファイブ』はまだですか?!)と勝手に思っているんで、彼のことをどう評価されているのか是非お聞きしたいです。

宿題中 [2005年07月28日(木)]

Name:邪亜邪亜
Email:
URL:

本州の連日の猛暑と無縁の邪亜邪亜です。
風呂上りだと寒いッス(今、23度)

>岡本依子選手なんかも対戦経験があります。

ライカは、キックから始めているようなので足技(蹴り)も
強そうですね。

>実際にやったらヴァンダムよりも強いはずですよ。

こちらのファイトの方が面白いかも(笑)。

>この頃のアニタ・ユンは良かったなぁ。

なんだかんだいっても、大物男優と共演はしてるんですね。

>『食神』と同じような内容ですが、時期尚早だったのか?


>受けなかったのは百恵&友和のギャグという意味だったのです。

なるほど。
しかし、現在の日本でもこのネタは確実にウケないですね(笑)。
地元(香港)でネタになるような伝説のカップルっていないのかな。

>フランス資本の方がジェットの使いどころを知っている。

アメリカでは、『ザ・ワン』なら、ヴァンダム級ですね(笑)。


>『溶解人間』のラストを思い出しました。(笑)

ああなるほど!
なんか過去の映画の引用だらけという意味で
『1941』みたいですね。

>島本和彦

師父は守備範囲が広いですなあ(笑)。

>正統な先祖帰りな訳ですからね。

そういえば『火山高』も「炎の転校生」まんまでしたね。

>『悪徳の栄え』かな?それとも『アリエッタ』?

前者では無いですね。
一方の『アリエッタ』も検索しましたが、
チョット、ストーリーが違うようなのでカン違いかな?
寺田濃が出演していた気がするのですが、その
『ラ・ヴァルス』という作品も違うみたいですね。


>『姑獲鳥の夏』はまあまあでした。

では、それほど悪くない感じなんですね。

>ひとつのテーマを印象的なショットの積み重
ねでじっくり撮る方がいいんですよ。

今回は原作者の御指名か何かなのかな?
予告編を観る限りでは、
(横溝シリーズ)の市川監督ぽい気がしてたのですが。


『コーヒー&シガレッツ』をみました。
>ビル・マーレーVSウータン・クランの珍妙なコントが爆笑

本作は『サタデー・ナイト・ライブ』と同じものなのですか?それとも撮り下ろし?
ジョイ・リー、サンキ・リー、スティーヴ・ブシェミの「双子」というエピソードは、
観てみたいのですが。
 
>いや、練功の本質は良師につくことではないのですよ。(笑)

本作と前作の場合、上達のきっかけを偶然に掴むところがポイントなわけですが、
周防監督の『シコふんじゃった』や『シャル・WE』が、そこんとこを割と丁寧に
見せているので気になっちゃうんですよね。
まあ、作風の違いなんでしょうけど・・・。

>『誰にでも秘密がある』の元ネタですよね。展開もオチも一緒なんですか?

『誰にでも秘密がある』も続けて観ましたが、
展開、カメラ割、小道具などは、そのまんまです。
オリジナルのオチがすっきりせず、こうだったら良いのになあ
と自分が思ったオチがズバリあるのが韓国版でしたが、この辺は、
事象の理由を求める東洋らしいのかな。
細かいHネタも加えられており、韓国版の方が出来が良いですね。


>スティーラー以外は置いてないなぁ・・。これも感想よろしく!

目下、誰も借りてない感じでしたが、とりあえず旧作扱いになるまで待ちですね。

でも、<師父の夏の宿題>シリーズはまだまだ続いていますよ!

・『スイミングプール』

えとっ(汗)、アレは小説オチで良いのでせうか??
それとも、マジオチですか?
ちなみに私は、娘よりランブリング萌えです(笑)。

・『理由』

面白かったですが、ちょっと長いかなあ。
どのエピソードも必要なのはわかるのですが、
もう少し、刈り込めた感じもしますけど。
それにしても、あのエンディングの歌には参りました(笑)。


ではでは。

Re:M.Iさんへ [2005年07月26日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

 パート3です。

 執行監製
 56 日月潭之戀
   馬車夫之戀
 57 天涯歌女

 監製
 55 碎琴樓
 58 海王子(兼導演・編劇)
 64 學生王子

 導演
 58 小野猫
   [イ肖]冤家
 62 離郷情涙(兼編劇)
 63 香港情潮
 65 巫山夢斷相思涙(兼編劇)
   女間諜第一號
 66 深閨夢裡人
 
 編劇
 58 甘蔗姑娘

Re:横滑りいたします(すみません) [2005年07月26日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>ダイエットまで開始する始末でして誠に不義理で申し訳なく思っております。

 私も最近は夜勤生活にも関わらず、仕事終りから明
け方までずっーーーとトレーニングをしていますよ。
ダイエット目的ではなく、基礎体力の強化のためなん
ですが、結果的に随分と痩せましたね。

>さて、千恵蔵先生の「妖刀物語/花の吉原百人斬り」を鑑賞いたしました。これは名違いなく名作ですね。

 でしょ。通常、内田吐夢といえばこの映画か『飢餓海
峡』ですよ。もちろん他にも良い映画は沢山ありますけ
ど、一般的にはこの二本が代表作でしょうね。

>乗りに乗っていた時代の東映ですからセットの豪華に加えて、内田吐夢の色彩感覚により独特の映像美が堪能できます。

 色彩は内田吐夢にとって重要な要素ですからね。映画
のテーマを語るために一部分だけモノクロにしてしまう
というのは通常では考え付かないですよ。それもクライ
マックスですからね。

>顔の痣のため縁談に恵まれない絹商人の千恵蔵岡場所上がりの花魁水谷良重の救いのない関係が丁寧に描かれています。
>特に水谷の勝ち誇った表情が。そして刀を抜いた千恵蔵が切りかかっていく壮絶なラストに至っては鑑賞後も深すぎる余韻を与えてくれるのです。

 岡場所上がりという出自が、彼女のコンプレックスで
あり上昇志向のモチベーションにもなっているのですが、
そのために彼女には千恵蔵の誠意は見えなくなっている
んですね。岡場所時代の彼女なら確実に見えたであろう
ものが。
 そして今の彼女にとって、醜い千恵蔵の顔は、見たく
ない自分の過去でもあるんです。だから、吉原大通りを
ずるずると過去の因縁を引きづり回すごとく追いかけて
くる千恵蔵に斬られなければならんのですよ。

>「多羅尾判内/七つの顔の男だぜ」
>同じ千恵蔵でもうって変わって軽い作り。古き良き昭和活劇といったところでしょうか。もう千恵蔵先生もノリノリなのか適当なのかリラックスして演じてたように見受けられました。

 千恵蔵先生この役お好きだったそうですし、ノリノリ
ですよ。

>則文は意外に真面目に多羅尾判内の造形をコピーしていたことが判明いたしました。違うのは昭和50年代であること、スプラッター描写があること、そして小林旭のキャラクターが立ち過ぎている・・・ですね。

 原作も有名(ある世代までは)ですから、さすがにそこ
は崩せませんね。
 スプラッター描写が多いのは、当時の日本映画界が市
川崑の『金田一』モノがブームとなっていたからで、東
映は多羅尾伴内でブームに乗ろうと考えたんですね。結
局駄目で、翌年西田敏行で『悪魔が来たりて笛を吹く』を
撮るんです。

>ちなみに、昭和30年代の登場人物は言葉遣いが丁寧ですね。

 昭和も50年代中ごろまではみんな丁寧な物言いでした
けどね。80年代(昭和55年)から日本の価値観は全て一変
したというのが私の持論です。

>また、林家木久ちゃんの千恵蔵の物真似は全然似てないことも判明いたしました。

 木久蔵は月形竜之介は似ていますよ。

>そうそう、アキラの「鬼面村の惨劇」は「トラック野郎」の併映で見たのですが、オープニングクレジットの山海塾(みたいな)アングラなパフォーマンスしか印象に残りませんでした・・・

 私のところは『日本の首領』でしたね。再映だったの
かな?

>「徳川セックス禁止令」
>fakeさんも幼少のころにご覧になられたので記憶が薄れているかもしれませんが、これも傑作でした。

 ところどころしか覚えていませんね。前にも言いました
が、子供でも楽しめた映画だったというのは凄いことです
よ。

>白眉のシーンは切腹する腰元と介錯する恋人の成瀬正孝の描写であります。
>喜怒哀楽の感情しか持ち得ない人間にとっては残酷、悪趣味の言葉で片付けてしまうのでしょうけど、

 この場面は覚えていますが、当時の映画館では爆笑
でしたよ。昔の観客は、こういう場面で笑うという意
味を皮膚感覚で理解していたんだと思います。
 
>以前のスレッドにて羅維なんてのと対比させたことを深く反省いたします。

 羅維はみたまんまの絵しか撮れませんからね。(笑)

>また、名和宏が誘惑されるシーンで一瞬赤のホリゾントの背景になりますが、このへんは谷垣健二氏あたり功夫片フェチが喜ぶ「赤バックの演武」のルーツに思えます。もっとも、この手法は則文がオリジナルではないのでしょうけど。

 東映がカラーになってからは度々使われたもので
すね。『旗本退屈男』や『源氏九郎』など印象的で
した。大映はバックが多かったですね、陰影に富
んだの場面は宮川一夫などの手により、大映カラ
ーと呼ばれたもんです。

>功夫片の「赤バック演武」に関連して・・・
>「ポルノ時代劇/忘八武士道」のオープニングクレジットとクライマックスは、セットも最小限でスタジオ丸わかりなのですけど、これは明らかに舞台劇を意図したものであり、同様に「三十六房」もそれを意図したものでないかと考えを改めた次第なのです。

 日本の時代劇は明らかに歌舞伎の影響でしょうけど、
功夫映画は時代劇から作劇法を真似たんだと思います
ね。
 面白いのは、日本の場合、歌舞伎の実演を野外ロケ
で撮ることから時代劇が始まっており、後々スタジオ
システムの構築と共にセット撮影へと移行していきま
す。
 それに比べると上海映画の流れを組む香港映画は、
最初の作劇法は西洋のチャンバラや、西部劇からとら
れていることは古い無声映画からもわかります。50年
代を過ぎて60年代になってから急に日本映画の影響が
見られることからも、多くの日本人が海を渡った時期
と一致していますし、この時期に邦画から学んだのは
間違いないと思いますね。

>重ねて申し訳ございません、実は「直撃!地獄拳」と「大逆転」を借りてしまったのです。

 借りちゃいましたか・・・。

>ちなみに西本さんの新東宝時代のフィルモグラフィーで「助監督・石井輝男」って見ただけで嬉しくなっしゃいました。

 石井輝男も香港へと行ってますからね。現地で向こ
うの映画人と交流があったのなら楽しいのですけど。

>天知茂と三原葉子(汚れでない時代の)の新東宝作品が見たいと思う今日この頃です。

 三原葉子が汚れでない時代?あるんかいな!(笑)
デヴュー当時からゲテモノ女優、グロ女優と呼ばれ
てたんじゃ・・・・。
 天知茂の新東宝ものなら、『憲兵とバラバラ死美人』
をお勧めします。私は幼少のころこの映画を母親に
見せられて・・・・・。(苦笑)

Re:少林三十六房 [2005年07月26日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>fakeさん、こんにちは。

 こんにちはです。

>もちろん、過去日記を読ませていただいて観たくなった作品は数限りなくあります^^ 

 それはうれしいお言葉です。是非、これからも功
夫道を邁進して下さい!

>『バットマンビギンズ』観ましたが、「復讐か正義か」で主人公が葛藤している過程がかなり興味深かったです。

 でも、映画の中で主人公が行う正義は、結局正当
化される運命にあるので、本当は悩む必要はないん
ですけどね。(それを言っちゃあおしまいいか・笑)

>話がずれますが、最近観る映画観る映画モーガン・フリーマンがいます(笑)ここまでキャラを確立してる俳優さんも、最近珍しい気がします。

 『ドリーム・キャッチャー』はご覧になりました?
ヘタに悪役やってますけど、"黒いキルゴア大佐"とし
て一部マニアには評判良いですよ。私もこの映画のフ
リーマン好きです。

>あーなるほど、確かにそうですね。なかなか同時代的な状況はわからないので、勉強になります。

 時系列でものを見返して、そこから時代性を読み取
る、これが全体像を把握する最良の方法だと思います。
シンチーの映画が、当時どの映画と興行合戦を繰り広
げていたのか?ひとつひとつ検証してみるのも面白い
ですよ。

>そうですねーまだよく整理できませんが、劉家良のリアリズムとはちょっと違うかもしれないですね。

 映画からの影響は受けているかもしれませんが、劉
家良的なものとは違うように思いますね。

>ところでfakeさんは、周星馳の『回魂夜』はご覧になってますか?

 私もこれは未見です。ホイ兄弟の『天才興白痴』が公
開されない理由が、長年に渡って精神病院の描写にある
と言われていましたが、実際に見てみると単に映画が面
白くないだけであったことがわかりました。(公開当時既
に失敗作の烙印を押されていたことも)
 『回魂夜』がそうだとは言いませんが、描写そのもの
には理由はないのかもしれません。ちなみに香港で『回魂
夜』の当時の映画評はあまり芳しいものではありません
でしたね。

>やはりそうですか。結局自分の手足が頼りなんですね。
す!

 現場百回が捜査の基本ですよ。科学捜査(ネット検索)も
大切ですが、情報は脚で稼ぐもんです。ネットに出ない口
コミ、新聞、雑誌の切り抜き・・・レア情報は今でも案外と
アナログなんですよ。

更新 [2005年07月26日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

 7/26日記更新。本日は、続いております劉家良特
集の第二十弾。

 本当はこれだけの内容を一回で書くつもりだったん
だよなぁ・・・。しかしまだ『長輩』だよ、もう少しかかり
ますね、こりゃ。

劉家良(20) [2005年07月26日(火)]

劉家良(20)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『長輩』と『掌門人』の二本は、劉家良初の女功夫片であるが、劉家良にとってショウブラでの集大成的作品となっている。契約の満了も近づいていたし、自分の映画が新時代にそぐわないものになってきていたことは、薄々本人にも分かっていたのだろうか。 『長輩』は、病弱で死期の近づいた黄拔景の事業を狙う、悪辣な弟・王龍威から事業を守るため、黄拔景は先に死んだもう一人の弟の息子・劉家良に事業を託すべくある奇計を用いる。それは、召使として働く惠英紅を死の直前に後添いとし、一族の長として遺産の管理を故人の意思に沿わせるよう監視を頼むのだった。黄拔景の意思を継いだ惠英紅は、会ったことのない甥・劉家良を訪ね広州へと向った。 叔父の後添いが来るという報に威儀を正して迎えようとする劉家良だが、その間の事情は聞かされておらず、ましてや年若い叔母が来るなどとは夢にも思わなかったのであった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの"年若い叔母"という設定がシチュエーション・コメディとしてのこの映画の妙であり、同時にこの映画の全てである。劉家良には惠英紅と同年代の息子・小候がおり、当然ながらここでもドタバタが起こるのだ。 儒教的精神に則れば年長者(年齢だけでなく、その席次も含め)は敬われねばならず、"年若い叔母"とはいえ彼女は一族の長だ。武道オタクで世俗に疎い劉家良と、香港の大学から帰って来た西洋被れの小候という親子の組み合わせも、"年若い叔母"との間をいっそうややこしくする。 遺産の相続人の証である翡翠の印章を、姦計を用いて奪った王龍威との間で一族の危機が持ち上がり、劉家良たちは一族に総動員をかけて奪還を目指すことに。ここで曹達華、林輝煌、神仙らが往時を思い起こして立ち上がるのがもうひとつのお楽しみで、老いぼれて息の上がった曹達華は「昔は鉄の男と呼ばれたのに・・・」とため息をつく。(曹達華は往時"銀壇鐵漢"と呼ばれていた) 実はこの映画の"年若い叔母"という惠英紅と、西洋被れで時折英語を交えて喋る小候の設定を足して2で割ったものが、徐克(ツイ・ハーク)版『黄飛鴻』の十三姨(關之琳:ロザムンド・クワン)になるのだ。 冒頭、桟橋に迎えに出る劉家良とのやりとりは、そのまま『黄飛鴻』でも繰り返されている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『掌門人』は『長輩』の設定を更に拡大したものだ。道路の拡張計画に伴い立ち退きを迫られた時代遅れの武館。そこの経営者である劉家良は時代錯誤な頑固者で、立ち退きには断固反対である。アメリカに移住している師傅から、立ち退きに協力するようとの手紙が兄弟子・谷峰から届けられ、同時に武館を立て直すために一門から助っ人を送ると添えられていた。 それが師匠の一人娘・惠英紅で、アメリカ育ちの合理主義者で、年若い一門総帥という立場の彼女と、古臭い伝統価値観に縛られる劉家良の間で様々な誤解が起こるのだ。 この映画は劉家良にとっての"年輕人問題"映画である。およそ10年ほど前、戦争を知らない若い世代とのジェネレーション・ギャップを、張徹は『叛逆』『年輕人』『憤怒青年』などの映画で描き出した。そしてそれは10年たって、今度は劉家良の周りにも降りかかってくる問題となっていたのだ。 この映画が"年輕人"映画である証拠は、惠英紅の役名と、それを巡る劇中のやり取りからも明白である。惠英紅の役名は"陳美玲"、張徹の『年輕人』に主演した陳美齢(アグネス・チャン)と発音はほとんど同じ。劇中、行き過ぎた武館の宣伝で警察に掴まった惠英紅は、取調べ中「あんた俳優?、歌手?」と聞かれるのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー劉家良は元々、功夫映画女性不要論者であった。それは恐らく『長輩』『掌門人』を作った今でもそうだろう。古いインタヴューで彼は「女性が出演すると迫真感が薄れる」と語り、はっきり"不要"と述べているのだ。 「本来修行とは一生のもので、結婚出産をする女性に練功が両立出きる訳がない、よって女性の演ずる功夫に迫真性はない」と。そりゃまあ、ある意味においては真実だが、全く古臭い考え方である。では彼はどうして女性が主演の功夫を作ったのか? 答えは簡単、そんなもの作ってはいないのだ。『長輩』『掌門人』をよく見て欲しい。どちらの作品もメインは確かに惠英紅で、伝統的価値観を信ずる劉家良は振り回されている。が、最後においては結局逆転しているではないか! どちらの作品もラストに至るまでに"年輕人"惠英紅は、独断で無謀な闘いを挑み組織に掴まってしまい、最後は劉家良に助けられている。張徹は、年輕人の不安定さを方世玉に託して慈しんだが、劉家良はそれを家父長制度の価値観に押し戻してしまったのだ。 これが終生変わらぬ劉家良という人の価値観で、当時の愛人・惠英紅をスターにするための作品以外では、決して女性を主人公とした功夫片を作らなかった理由である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー続く

横滑りいたします(すみません) [2005年07月25日(月)]

Name:愛香
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こんにちは。前回のfakeさんのコメントに対するレスポンスをすべきところですが、一週間の映画鑑賞量が多く、また最近フェミニンなスタイルを目指しダイエットまで開始する始末でして誠に不義理で申し訳なく思っております。

さて、千恵蔵先生の「妖刀物語/花の吉原百人斬り」を鑑賞いたしました。これは名違いなく名作ですね。
乗りに乗っていた時代の東映ですからセットの豪華に加えて、内田吐夢の色彩感覚により独特の映像美が堪能できます。
顔の痣のため縁談に恵まれない絹商人の千恵蔵岡場所上がりの花魁水谷良重の救いのない関係が丁寧に描かれています。
もちろん、物語の展開は想像できるわけですけど、千恵蔵、水谷、その他のキャストの演技力と畳み掛けるような展開により、この作品世界に引き込まれていきます。クライマックス、松の花魁に出世し吉原を行進する水谷、彼女のために財産を使い果たし披露目を見つめる千恵蔵の対比は絶妙です。特に水谷の勝ち誇った表情が。そして刀を抜いた千恵蔵が切りかかっていく壮絶なラストに至っては鑑賞後も深すぎる余韻を与えてくれるのです。

「多羅尾判内/七つの顔の男だぜ」
同じ千恵蔵でもうって変わって軽い作り。古き良き昭和活劇といったところでしょうか。もう千恵蔵先生もノリノリなのか適当なのかリラックスして演じてたように見受けられました。
先に則文史&アキラのリメイクを見て、それも則文が自分のバージョンに作り変えたんだろうな・・・と思ってましたけど、このたびオリジナルを拝見し、則文は意外に真面目に多羅尾判内の造形をコピーしていたことが判明いたしました。違うのは昭和50年代であること、スプラッター描写があること、そして小林旭のキャラクターが立ち過ぎている・・・ですね。
ちなみに、昭和30年代の登場人物は言葉遣いが丁寧ですね。
また、林家木久ちゃんの千恵蔵の物真似は全然似てないことも判明いたしました。
そうそう、アキラの「鬼面村の惨劇」は「トラック野郎」の併映で見たのですが、オープニングクレジットの山海塾(みたいな)アングラなパフォーマンスしか印象に残りませんでした・・・

「徳川セックス禁止令」
fakeさんも幼少のころにご覧になられたので記憶が薄れているかもしれませんが、これも傑作でした。
東映ならではの豪華な時代セット、エロとコメディがテンポよく配されている則文の手腕は保障済みですが、白眉のシーンは切腹する腰元と介錯する恋人の成瀬正孝の描写であります。
喜怒哀楽の感情しか持ち得ない人間にとっては残酷、悪趣味の言葉で片付けてしまうのでしょうけど、BGMにオシャレ系ヨーロピアンなムード音楽を配することにより、シュールで複雑な何とも割り切れない気持ちにさせてくれ、こんなところに則文の作家性を垣間見ることができます。以前のスレッドにて羅維なんてのと対比させたことを深く反省いたします。
また、名和宏が誘惑されるシーンで一瞬赤のホリゾントの背景になりますが、このへんは谷垣健二氏あたり功夫片フェチが喜ぶ「赤バックの演武」のルーツに思えます。もっとも、この手法は則文がオリジナルではないのでしょうけど。

功夫片の「赤バック演武」に関連して・・・
「少林三十六房」のオープニングクレジットの演武で「背景の夕日とか山のセットがセコい」なんて意見を聞いたことがありますが(私もそうでした)、それは映画を見ない人の感想だと思えてきました。前回書きました「ポルノ時代劇/忘八武士道」のオープニングクレジットとクライマックスは、セットも最小限でスタジオ丸わかりなのですけど、これは明らかに舞台劇を意図したものであり、同様に「三十六房」もそれを意図したものでないかと考えを改めた次第なのです。もっとも「五郎八卦棍」の冒頭場面を見た際にもそんな印象を受けましたが。

重ねて申し訳ございません、実は「直撃!地獄拳」と「大逆転」を借りてしまったのです。石井輝男の珍妙なカルト作品として名高く各サイトでもレビューされているこのシリーズ、次回は地獄拳の魅力と、その香港映画への影響(いや、パクりなんですけど)でも書こうかなと考えております。

ちなみに西本さんの新東宝時代のフィルモグラフィーで「助監督・石井輝男」って見ただけで嬉しくなっしゃいました。
天知茂と三原葉子(汚れでない時代の)の新東宝作品が見たいと思う今日この頃です。
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