旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

『密宗聖手』 [2007年11月29日(木)]

『密宗聖手』'76年製作、監督:黄楓、主演:茅瑛

 ・・・という訳でアンジェラ・マオです。まあ、こういうのは季節ものだから(笑)。

 間違いなく、この映画と『破戒』が彼女の代表作といえる完成度だろう。それは監督の黄楓にとっても同じことが言える訳で、アンジェラとの仕事はベスト・コラボだった。

 胡金銓によって武侠片新世紀の扉が開けられてから、張徹浪漫暴力路線、李小龍凱旋による功夫片ブームと続いた歴史にも、スーパースターの死によりひと段落がつけられる。
 ブームのピークは'73年まで、'74年〜'76年までの3年間は、功夫武侠片にとって雌伏の時代にあたり、製作本数も激減したが、ヒット作に恵まれないという現実が低迷を現していた。

 この『密宗聖手』はそんな時代の作品で、'76年の年間興行配収では18位、112万香港ドルは立派な数字だ。なにせこの年の興行記録を見ても、トップ20位に食い込んだ功夫武侠片は『流星・胡蝶・劍』の6位、『陸阿采興黄飛鴻』10位、『李小龍傳奇』の14位、『獨臂拳王大破血滴子/片腕カンフー対空とぶギロチン』の15位に『密宗聖手』の5本しかランクインしていないことがそれを物語っている。

 この年の『流星・胡蝶・劍』ヒットから古龍武侠片ブームが生まれ、翌年サモハンの台頭、'78年に『蛇拳』がヒットして練功小子片の時代が訪れる流れは、このブログでは何度も取り上げた重要な点である。よって再度の確認をしておきたい。

 ストーリーを紹介する前に正直に告白するが、実は完全版は今回初めて観た。以前持っていたブートは1時間30分くらいの短縮版(オリジナルは1時間50分)で、特にラストの対決がほとんどカットされたものであった。逆に言えばストーリー・ラインはほとんど残っているので、映画の全体像は掴めるのだが、肝心のアクションはズタズタになっていたのである。ジャッキー・チェンの登場場面(アップで映る場面)もカットされており、どこに出ているのだろう?と疑問だったのだが(苦笑)、今回FSから出たバージョンで全てを確認出来た次第。

 そのジャッキーだが、この映画と同年には『新精武門』に出演するのですよ。『密宗聖手』が'76/2/20公開、『新精武門』が'76/7/8公開、公開は'76/7/15と遅れましたが、『密宗聖手』と『新精武門』の間には『少林門』にも出演している訳で、何かジャッキーの身辺が慌ただしい時期に当たりますね。そんなことも考えながら『密宗聖手』におけるジャッキー出演場面を見て欲しいものであります。劇中、茅瑛の結婚式場面で、来賓を迎える韓英傑の後ろに元華と共に控えている場面でアップになります。アクション場面のスタントにも出ているはずですが、そちらは確かなことを言えるカットは少ないですね。

 さてストーリー、チベット密教の秘術が絶えて久しいことが説明され、ヒマラヤ山脈でのロケ場面に繋がります。この映画、ちゃんと現地で撮影されており、その丁寧なロケーションが素晴らしい効果を生んでいます。

 チベット国境付近に住む山岳地帯の漢民族・關山は、南七省水陸碼頭幇を統べる頭領で、娘の茅瑛が年頃になったたため、遊牧民系民族の頭目・陳星の弟・凌漢との婚礼の準備を進めていた。
 この冒頭部分の短いカットで、お互いの人物関係を理解させる黄楓の演出手腕が素晴らしく、關山の腹心・韓英傑、アンジェラに恋心を抱く譚道良、馬賊・洪金寶、魯俊谷(GH出演は珍しい!)、陳星の手下・楊威、元奎、李家鼎、陳會毅などの位置関係も全て解るようになっているのだ。

 遊牧民の誇りを大切にする凌漢はこの縁組に反対だ。というのも、兄の陳星は裕福な漢民族の資産だけが目当ての政略結婚に自分を利用しようとしているからだ。

 渋る凌漢を殺害する陳星。この展開にも驚かされるが、実は既に凌漢のそっくりさんを用意しており、あくまで財産目当ての悪辣な男であることが強調される。この映画と『四大門派』(監督は黄楓)における陳星の悪巧みは徹底されており、功夫映画中でも随一の悪人振りを見せている。
 殺しの現場を馬賊の魯俊谷に見られているさりげない演出が、後のストーリー展開に影響を与えるなど、脚本(倪匡)・演出共に隙は全く無い。

 關山の家には女中として王恩姫が入り込んでおり、彼女はスパイとして關山家の内情を知らせている。凌漢のそっくりさんは、家族にいい仕事が入ったと言い残し家を出るが、彼の妻は得体のしれない高額報酬の仕事に危惧する。そして彼女の杞憂はやがて現実のものとなる・・・。

 婚礼が近づき、凌漢殺しを脅迫にきた魯俊谷を殺すことで、陳星が恐るべき虎爪功・五虎斷魂拳の使い手であることが示される。その間に王恩姫は譚道良を誘惑、これも実は計略の一部なのだ。
 そして婚礼の夜、アンジェラの声帯を五虎斷魂拳で潰し眠らせた後、さらに凌漢にアンジェラが譚道良と密通していたと訴えさせる。探しに出た關山が暗がりで見たものは、アンジェラそっくりの衣装を着た王恩姫が譚道良と抱き合っている姿だった。

 逃げる際に飛刀(關山のもの)を飛ばし更に關山を怒らせ、あらぬ疑い(本人は王恩姫とのことを怒られていると思っているが)をかけられた譚道良に責任を迫る。その間に陳星は凌漢を殺害し、現場に飛刀と気絶しているアンジェラを残す。間一髪で逃げ出した譚道良だったが、その後屋敷で何が起こっているかは知る由も無かった。

 声帯を潰されて弁解出来ないアンジェラは、一族の掟に従い戸板流しの刑に。殺された弟の賠償責任を問う陳星に、娘婿の親族として財産を譲ることを承諾してしまう關山。戸板で流されている女性(服装は密会していた時の王恩姫と同じ)を助けた譚道良、それがアンジェラだったと知り二重に驚く。喋れるまでに回復したアンジェラの口から、陳星の卑劣な計略を知るが、二人の腕では歯が立たないことも事実であった。
 
 実は本物の凌漢には額に痣があったのだが、偽物はペイントで誤魔化していた。死体を検分していた韓英傑はトリックを見破るが、騒ぎ立てずに關山に知らせた。先手を打った陳星は、凌漢の首を切り川に流す。この首が流れて川下にたどり着く頃、アンジェラ一行もそばを通りかかっていた。首は偽物の出身村に流れ着いていた、これも運命か。変わり果てた夫の姿に泣き叫ぶ妻、凌漢だと思っていたアンジェラもショックで倒れ込む。
 全ての計略を知ってもどうすることも出来ない。陳星を倒すため、幻のチベット密教の秘術・密宗聖手を会得するため、寺院を目指すふたり。

 寺院では關仁館長の元、厳かな修行が続けられていた。修行させて貰えるよう頼み込むふたりに与えられたのは、石積みという地味な作業。地味とはいっても、篭に入れた石を頭にくくり付け山を昇り降りするのは並大抵ではない。知らず知らずのうちにだが、基本姿勢と呼吸法を学んでいく。ふたりの修行が実用段階に入る頃、陳星の悪事を疑う韓英傑は、証拠探しに奔走していた。病気がちな關山につけられる張景玻、ジャッキー、元華、杜偉和らの護衛。

 韓英傑の動きに先立って刺客を送った陳星は、ついに關山に対しても牙を向ける。韓英傑も陳星の手下に殺され、実権を握った陳星の祝いに馬賊の洪金寶が訪れる。サモの助っ人によって關山の命も風前の灯となった時、救出のため下山したアンジェラ、譚道良と陳星軍団との間に、最終決戦の時が訪れた!

 關仁から虎爪功破りの秘策を授かったアンジェラは楊威ら四天王と、譚道良はサモと闘う。彼らを倒しても次々と登場するザコ敵を倒し、陳星を追い詰める。かつてのブートはここからがズタズタであったが、今回はノーカットだ!(笑) 譚道良VS陳星なぞ、独立プロでも度々闘っているが、それらとは格段に素晴らしい闘いである。こうなると武術指導だけの問題ではなく、全体の構成力がものを言うな。ふたりの闘いを追うようなカメラアングルに、映画はつくづく総合芸術であることを思い知らされるのた。

 アンジェラも負けてはいない、かつて倉田とド突きあった頃の迫力を取り戻した感もある陳星相手に一歩も引かず、この映画が彼女の代表作になるであるだろうことを肌で感じているかのようだ。
 力の敵にはカウンターこそ重要!それが虎爪功破りの秘策だった。關仁のところでの修行を思い出したふたりによって、ついに最後を迎える陳星。

 關山を守る場面で陳星とジャッキーの絡みも実現するが、この数カ月後には主演スターとして君臨し、当の陳星を迎え撃っていることや、關山をいたぶるサモの姿に、何年後かの映画では娘にセクハラしている姿が目に浮かび、傑作の影に年月の重みを垣間見るfakeであった・・・。

『十二潭腿』 [2007年11月23日(金)]

『十二潭腿』'79年製作、監督:杜魯波、主演:梁小龍

 かつて端役時代のジャッキーをこき使ったという梁小龍も、時代の波には逆らえず、ジャッキー・モドキの練功小子片に主演することになった。

 この映画の製作された'79年は、『蛇拳』('78)のヒット後に訪れた練功小子片の大ブーム真っただ中にあった。この'79年がブームのピークで、同時期に製作された功夫映画のほとんどが練功小子片だったといっても過言ではない。
 呉思遠と共に一大ブームを巻き起こしたこともある梁小龍であったが、黒社会とのトラブルや、私生活の乱れからスターの座を追われていた。'51年生まれというから『十二潭腿』出演時にはまだ28才で、練功小子片の立役者ジャッキー・チェンとは3才しか違わない年齢だ。かつてのシャープさは見る影もなく、太った体に不摂生が伺える。

 OPに“十二潭腿”の説明があり、江正による演武(スタジオではなく野外)がある。この場面における江正の動きは素晴らしいが、彼はOPのみの出演。

 スリの梁小龍は潘耀坤の縄張りで仕事をして一味(“大細眼”こと宋錦成、山怪、林克明、魚頭雲、祁浩サ)に袋叩きにあう。賭場を経営する潘耀坤に借金がある梁小龍、万年貧乏暮らしからは抜けられない。怪我をした梁小龍を助けたのは娼館の下働き韓國材。梁小龍が住みかにしている廃寺に運ぶと、そこには車夫の谷峰も住み着いていた。

 李海生はこの地方のボスで、一帯の武館を倒して名を挙げていた。残るは周江、陳嶺威、何漢洲の三人で、腹心の劉尼と計略を練る。鐡布杉を使う李海生は挑戦状を叩き付け、周江は眼を、陳嶺威は脚を、何漢洲は腕を潰して制圧した。この様子を見ていた梁小龍は、倒れた周江らを大八車に乗せ、廃寺に匿い面倒を見る。ヘンなオヤジだと思っていた谷峰も薬の調合に酒を分けてくれた。

 潘耀坤の借金を返せない劉一帆、娘の李通明を借金のカタに売り飛ばす。金露の経営する娼館も、潘耀坤の系列で、果ては李海生にまで繋がっている。見事な悪事の構図である。
 李通明を不憫に思った韓國材、彼女を助けて梁小龍のところへ。迷惑がる梁小龍であったが、結局は面倒を見ることに。怪我をした三人の師匠たちは、そんな梁小龍にそれぞれの武術を教え、いずれは李海生に復讐して欲しいと頼む。「復讐は馬鹿らしい・・・」という梁小龍だったが、「今まで誰にも恨みはに思ったことはないのか?」と問われ、かつて潘耀坤一味に受けた屈辱を思い出す。

 特訓が始まり、周江の蔡家拳、陳嶺威の李家拳、何漢洲の莫家拳を教えられる。途中の演武が蔡李佛拳の手技をアレンジしたものに見えるが、何故素直に蔡李佛にせず莫家拳としたのか?

 腕の上がった梁小龍、街で猛威を振るう潘耀坤一味に抑えられず、一味を懲らしめる。面白いのは、この場面のロケ地が『生龍活虎小英雄/必殺ドラゴン鉄の爪』や『神龍小虎闖江湖/帰って来たドラゴン』と同じ場所で、追われた梁小龍が、相手の追跡をかわすため逃げ込んだ路地で、壁虎功を見せる場面も同じ所で撮影されている点だ。

 「先生やりましたよ!」喜び勇んで帰宅した梁小龍を鼻で笑う谷峰。そんな腕で何が出来る?と笑う谷峰に挑んだが、練功小子片お馴染みの、壺の取り合いや椅子の攻防であしらわれる。そのやりとりを見ていた三師匠、谷峰の動きに十二潭腿を見て彼が達人であることを知る。
 その技を教えて下さいと頼む梁小龍に、代わりに車夫として働くことを提案する谷峰。実はこれが足腰の鍛錬になっているのだが・・・。

 潘耀坤から梁小龍のことを聞いた劉尼、その様子から周江たちが生きていて技を教えたらしいことを知る。

 上達した梁小龍に満足し、最終仕上げに入る谷峰。紙を吊るして打つ訓練や、綿の塊をバラさずに蹴り上げるという、いつかどこかで見たような場面。
 紙を打つ場面はちょいと1インチ・パンチを思わせるが、サモの映画でも同様の場面がありましたな。ここら辺、非常に詠春拳モノっぽいが、足技ばっかりクローズアップされる梁小龍も、元々は詠春拳出身だ。

 潘耀坤一味の探索は続き、廃寺に李通明もいることがバレる。外出時に襲われ、元の娼館に連れ戻されるた李通明、金露から執拗な折檻を受け死んでしまうが、物語上殺す必要あったのか?というのも、この後、梁小龍が彼女の死を知ることはないからだ。

 娼館に助けにきた梁小龍だったが、李海生の鐡布杉に歯が立たない。韓國材の機転で神打術までは破ったが、危ういところは谷峰に救われた。鐡布杉を破るには正午に奴の気が中心に集まるまで待つことだと説く谷峰。劉家良の『洪熙官』そのままじゃん! 

 真昼の決闘を迎える梁小龍、韓國材も助っ人だ。二人の連携プレーで急所を的確に突いていく。さすがにこのラストは見ごたえがあるが、梁小龍のジャンプ力は明らかに落ちている。うまくカメラアングルで誤魔化しているか、カットを変えてトランポリンを使っているが、かつての姿を知る者には寂しいなぁ・・・。

 どの映画でも素晴らしい動きを見せる李海生は、ショウブラの養成所「南國實験劇團」で拳術指導をしていた。同所で、スタント他一般の武術指導やアクションの基礎を教えていたのは徐蝦だが、李海生はもう少しちゃんとした武術を教える係だった。
 葉問門下の詠春拳高手・招允(香港に来る以前からやっていたが、改めて葉問に入門した)から詠春拳を学び、自らも道場を主宰する本格派中の本格派である。この招允門下に狄龍がいたことから、その繋がりで映画界入り、映画出演も狄龍や、李海生に武術を学んでいた姜大衛たっての頼みで、彼らが初監督した『電單車』『吸毒者』に頼まれて出演したことから、その長い役者人生が始まった。

 ちなみにだが、狄龍や李海生がいたからかどうか、招允の武館には映画関係者が多く出入りした。張權、黎應就、楊金凌、楊澤霖は熱心な方で、李家鼎、梁家仁、林正英なども顔を出していたという。監督、俳優の区別なく学んだが、正式に弟子入りと認められているのは李海生と狄龍の二人のみである。

 ショウブラから独立プロ、デブゴン映画の常連を経てジャッキーの'80年代作品にまでまんべんなく顔を出したが、その腕前もさることながら、彼の人柄によるところも大であったろう。凄みを利かせたラスボスから、お笑い担当の三下まで、幅広い活躍を見せたが、やはり印象的なのは『少林三十六房/少林寺三十六房』の少林寺師範代役。劉家輝扮する三徳を厳しく鍛える場面では、武術と演技が一体化して、少ない言葉で全てを現した名場面に仕上がっていた。

 現在映画からは遠ざかっているが、電視劇ではまだまだ活躍していると聞く。消息不明になる人も多い中、彼のような役者ががんばっていてくれると、我々ファンもうれしいのだ。この映画の出来はそこそこだが、李海生全盛期の仕事として語り継がれるべきだろう。

『火鳳凰』 [2007年11月18日(日)]

『火鳳凰』'77年製作、監督:徐天榮、主演:姜大衛、上官靈鳳

 姜大衛と王雄が、来客の出迎えに出ているが、おっちょこちょいの王雄は相手を間違えてばかり。二叔というだけで相手の顔が判らないからからなのだが、同じ二叔ということで返事をした別人の若い男・李洪道は何やら謎の雰囲気。
 今日は護國会という武術家兼革命派の集まりで、姜大衛が探していたのは一門の二叔・王侠だった。

 一応、セリフの中に「打倒、軍閥!」とか「国民党革命云々・・」なんてセリフが出るところをみると、どうやら辛亥革命後、袁世凱の軍閥時代が背景のよう。今イチ定かではないのは、所有するバージョンが北京語中文字幕のもので、やはり英語字幕の無い作品は物語が把握しづらい。
 もっとも、時代背景として語られるほど大した関わりがある物語にも見えませんが。

 この護國会、一門が勢揃いすると中々圧巻である。

 王侠を筆頭に、長老・高飛(フィリップではない、同名異人)、姜大衛、岳華、羅烈、龍世家、楊烈、黄國柱、王圻生など。一門と繋がりのある葛天のおてんば娘に上官靈鳳。ここの息子で護國会メンバーの柯受良、上官靈鳳の二叔が李洪道ということになり、謎の人物も正体が割れる。

 かなり豪華な出演陣だが、実際のところ岳華や羅烈はゲストに近い。だがこの映画は、彼らの短い出番を巧く利用し物語を作っているところに工夫がなされており、B級ながら豪華感を醸し出すことに成功している。おそらくは、先に岳華たちのスケジュールを抑え、使える拘束期間から物語と配役を割り振ったのではないか?

 一門衆は打倒軍閥を叫び、結束を高めようと集まった訳だが、書生上がりの李洪道は軟弱で皆の嘲笑をかう。羅烈との練習試合でも散々なところを披露するが、一瞬素早い動きを見せたことを見逃さない者も何人かいた。このことが後に彼を窮地に陥れるのだが・・・・。

 謎の赤覆面が暗躍し、護國会一門に挑戦を叩きつけるところから物語は大きく動き出す。

 この赤覆面、何が目的かは不明ながら、護國会一門に深い恨みを抱いており、一門衆ひとりひとりを血祭りに上げていく。先ほど巧い作りだといったのはこの部分で、岳華、羅烈、黄國柱、王侠、柯受良と、ギャラの高そうな順(黄國柱のみ武術指導兼任であることが理由で)に画面から姿を消していくのだ。

 このVS赤覆面の場面が、同じようなシチュエーションや殺陣を避け、それぞれに工夫を凝らしたアクションになっているところも素晴らしい。VS岳華は、岳華が手刀の連続技という珍しいアクションをみせるかと思えば、VS羅烈は土砂降りの雨の中という功夫映画には珍しいシチュエーションを用意。あえて足もとが滑る状況を設定するとは、よほど演出(含む武術指導)に自信があったとしか思えない。
 そしてこの方法なら、ゲスト出演陣に見せ場を与えつつ、短い出番で速やかに退場願えるという、製作の実利面からもリーズナブルな方法なのだ。

 VS黄國柱は壁虎功対決、王侠暗殺場面で赤覆面の正体に疑問が持たれ、李洪道が疑われるようになるのだ。

 姜大衛と仲の良い上官靈鳳は、親戚の李洪道が疑われることに腹を立てるが、彼女も一門の悲劇には頭を痛めており、自身の得意技である“火鳳凰”を赤覆面退治に提供する。この“火鳳凰”というのが、動力源不明の鳳凰型飛行武器で、毒を噴出したり、爆発したりとオプションも付け放題のスグレ物。
 一門の世話役、龍世家と赤覆面退治の計画を練るが、何故か赤覆面は全ての作戦をことごとく見破るのだった。

 強いのだか弱いのだか判らない李洪道は、それ故に数々の疑問を招き、その間にも柯受良が犠牲になる。いよいよ姜大衛に危機が迫った時、彼を助けたのが李洪道で、国民党側の護國会一門を倒すべく送られた軍閥派の刺客・赤覆面の動向を探るため、わざと弱い振りをしていたという。

 どうも王侠の死も偽装、それを手伝ったのが彼の召使だった楊烈、彼らは日本軍から送られた軍閥派の助っ人で、彼らを指揮していたのが赤覆面だったのである。

 いまこそ一門の結集を見せる必要があり、姜大衛と上官靈鳳は共同で特訓に入る。実はこの場面こそ、この映画最大のウリとなる場面であり、わざわざこの映画を紹介する理由なのだ。

 姜大衛VS上官靈鳳! 共演もこれ一本なら、対戦もこの場面のみ!

 どうです、レア対戦マニアにはたまらんでしょうが。

 裏切り者の楊烈、王侠を倒し、ついに赤覆面との決戦を迎えるが、果たしてその正体は・・・・?! なーんて言うまでもなく、消去法で龍世家しか残っておりませんがな。

 編集が若干雑なきらいはあるが、立体的でダイナミックな殺陣はかなり好感持てる。龍世家のアクロバットも素晴らしく、功夫映画にありがちな、倒した瞬間に劇終というエンディングでもない。ちょっとしたエピローグを加えるなど、最初から最後までこの映画ならではの工夫が加えられている。B級映画であることは否定しないが、観るべき価値ある作品と言えよう。

『K龍/激突!ドラゴン稲妻の対決』 [2007年11月15日(木)]

『K龍/激突!ドラゴン稲妻の対決』'73年製作、監督:羅熾、主演:TONY FERRER

 フィリピン功夫映画の大スター、トニー・フェラーを迎えて、香港とフィリピンの合作で作られた作品。香港側プロデューサーは王世立、フィリピン側プロデューサーはBOBBY A SUAREZ。製作公司は不明(フィリピン側はインターナショナルなんとか)ながら、同社は同じような方式で『ASIA COSA NOSTRA』なる映画も製作している。主演はやはりトニー・フェラーで、『K龍/激突!ドラゴン稲妻の対決』もそうだが、香港側にほとんど資料が存在しないところをみると、フィリピン資本の方が大きな映画だったのかも。

 日本でも'74年6月15日、第一次ブームの真っただ中に公開されており、観たことある方もおられるだろう。一部資料には'76年7月24日にテレビ朝日系列で放送されたとある。こちらのバージョンでご覧の方もいるのかも。

 監督は呂奇説もあったが、『天殘地缺/ミラクルカンフー阿修羅』や『五雷轟頂』を撮った羅熾で間違いない。
 英題が『The Black Dragon』ということになっているが、こちらで探しては永久に見つからない可能性も。香港映画に『The Black Dragon』という英題の映画は何本もあるのだ。香港での英題は『Great Dragon Boxer』の方がポピュラー。これはフィリピンでのタイトルが『O Grade Dragao Kick-Boxer/Bandeirantes』というところから来ている。

 ちゃんとストーリーが紹介されたことの無い映画だと思うので、この際だからきちんと書いておきます。

 黒龍団なるギャングに潜入捜査を試みた刑事・齊琳が殺された。実は今しも彼の誕生パーティが行われる予定で、妻の王莱は久しぶりに帰郷する三人の息子と共に夫の帰りを待ちわびていた。
 父の死を知らされ現場に駆け付ける息子たち(トニー・フェラー、ジミー・リー、劉江)、現場を指揮する喬宏警視に黒龍団の存在を知らされる。
 葬儀が執り行われ、友人の唐菁もお悔やみを言いに現れた。「まるで私にとって師も同然の方でした・・・・犯人逮捕に出来ることがあればどんな協力も惜しみません」唐菁の言葉に喬宏も肯く。

 兄弟たちは父の仇を討とうと独自の調査を開始。それぞれが黒龍団の縄張りに潜入する。密輸の噂を聞き付けた劉江は港湾に、ショバ代を荒らしている噂を聞いたジミーは飲食店に、そしてトニーは売春組織に潜入するためポン引きの馬劍棠に近づいた。

 劉江やジミーがそれぞれに成果を挙げていく中、ひとりトニーのみは明らかに目的が違っていた・・・・としか思えない行動に走っていた。

 初めに紹介された娼婦のミス・ワンを散々に抱いた後「君はどうしてこんなことをやっているんだ ?!」と説教。風俗嬢に嫌われる客No.1の行為である。帰ろうとした所へ悲鳴が聞こえ、別の娼婦ミス・アローナ(トニーと共にフィリピンから来たと思しい女優アローナ・アレグラ)が客に酷い暴行を受けている所を目撃。ミス・アローナを助けたのはいいが、そのままミス・アローナも抱いてしまうトニー。指名替えは風俗嬢に嫌われる客No.1の・・・・以下、略。

 ジミーと劉江は暴走し、度々組織と揉め事を起こすが、その都度喬宏に助けられる。組織と繋がっている汚職警官の何柏光からの注進で、劉江たちが死んだ齊琳の息子だと知る黒龍団。謎のボスは姿を見せず、組織のNo.2である李文泰が報告に現れるのみだ。

 弟たちの活躍を他所に、ミス・アローナにドップリのトニー。「こんな関係を続けてはダメだ・・・」自嘲するトニーに、「あなた真面目なのよ、もっと楽しまなきゃ」と娼婦の鏡のような発言をするミス・アローナ。金払いはいいかもしれんが、風俗嬢には間違いなく嫌われるぞトニー!

 まあ、あまり出来のいい映画でもなかったが、ここから加速度的にグタグダになっていくのだ。

 トニーはミス・アローナとミス・ワンを連れて足抜けの準備。父の仇討ちはどうした!追われるトニーだったが、無線で劉江に状況を連絡、その無線は喬宏にも通じており、全てはトニーの計画(そんなものが欠片でもあったとしてだが・・)通りに進む。
 船で二人を逃がそうとするが、そこは待ち伏せされており、ボートの上で闘いが始まる。ジミーと劉江も助っ人に現れ、とりあえず状況を脱するが、どうみても行き当たりばったりの有り様としか思えない展開。またジミーと劉江は姿を消し、「俺たちの正体がバレた以上、母さんが危ない!」と自宅へ急行する。

 案の定、王莱は連れ去られており、現場には黒龍団の証である翡翠の指輪が落ちていた。
 「兄貴と合流しよう!」ふたりが相談している頃、警察は売春宿を一斉捜査、喬宏は着々と組織を壊滅に追い込んでいく。
 ミス・アローナを発見したジミー、「このクソアマ、母さんを何処へやった!」と詰め寄る。知らないわと答えるミス・アローナに対し、売春婦の言うことなんか信じられるかと暴言を飛ばす。
 そこでミス・アローナ、実は私は婦人警官なのとバッジを見せるが、あんたずっと客取ってたんかい!

 ミス・アローナの手引きで母の行方を追うジミーと劉江。ミス・アローナはミス・ワンを逃すため再びボートへ。やっぱり待ち伏せされ、ミス・アローナは馬劍棠と相討ちで海にドボン。
 王莱を人質にとった組織は、いよいよ謎のボスが姿を現した。実は・・・というか、この配役ならやっぱりというか、唐菁が組織のボスで、姿を現したはいいが、組織の命はもはや風前の灯であった。

 一方のトニー、もはや目的もなく(彼は母の誘拐を知らないし、ミス・アローナたちや兄弟とも別行動)ただ暴れているだけにしか見えない。どこぞで組織の末端構成員をド突き廻しているその時、劉江はひとりで車を運転し、組織を追っていた。最初に潜入していた港の倉庫に現れ、車やジミーはどうなった?という疑問もほったらかして、周小來他(劉鶴年、任浩、黄國良、湛少雄)の武師軍団と闘う。どこからともなくジミーやトニーも合流し、セスナで上空から警官隊を組織する喬宏も応援に現れ、ダラダラと闘いが続きながらボス・唐菁を追い詰めて行く。
 野原で追い回された揚句にタコ殴りにされ、やっぱり倉庫へ戻ってきた唐菁。クレーンでコンテナを持ち上げ、ボスの応援をしようとした李文泰が喬宏に撃たれ、コンテナを唐菁の上に落して全て決着。

 誰一人としてミス・アローナのことを話題にしないラストが、この映画のダメ具合だけを物語っているのだった・・・。

『MURDER BY DEATH/名探偵登場』 [2007年11月07日(水)]

『MURDER BY DEATH/名探偵登場』'76年製作、監督:ROBERT MOORE、出演:PETER FALK他

 原題は『MURDER BY DEATH』、つまり“死による殺人”。“DEATH BY MUDER/殺人による死”ではないところがミソで、この映画が推理小説のパロディであることを示している。

 オリジナル脚本を書いたのはニール・サイモン、映画化もされた戯曲「おかしな二人」や「サンシャイン・ボーイズ」などの舞台脚本が有名だが、映画用の脚本も書き下しており、本作はその一本にあたる。元はTVのバラエティ番組「ユア・ショウ・オブ・ショウズ」の構成作家であった。
 '50年より米NBC・TVで始まった「ユア・ショウ・オブ・ショウズ」は、コントあり、歌ありのバラエティ番組で、シド・シーザー、カール・ライナー、イモジン・コカらをメイン・パフォーマーに、その時々のゲストを迎えて生放送で演じられた。後に「サタデー・ナイト・ライブ」を起こしたプロデューサーのローン・マイケルズが、番組開始時に“「ユア・ショウ・オブ・ショウズ」のような番組を・・・”といってTV局を説得したほどの番組だった。

 この「ユア・ショウ・オブ・ショウズ」出身の構成作家には、ニール・サイモンの他にも、ウディ・アレン、メル・ブルックスがいた。彼らが映画界で活躍始める'60後半〜'70年代前半は、コメディ映画不作の時代で、「ユア・ショウ・オブ・ショウズ」出身者が競い合うことで引っ張った時代でもある。ライバルのアレンが『ボギー!俺も男だ』、ブルックスが『新サイコ』を作ったことへの、ニール・サイモンなりの返答が『名探偵登場』といえようか。

 映画にはノベライズもあって、日本でも過去に発売されたことがある。著者はニール・サイモンとなっていたが、実際に小説化を担当したのはヘンリー・レイモンド・フィッツウォルター・キーティング(H・R・F・キーティング)。推理小説ファンには「ボンベイの毒薬」や「パーフェクト殺人」などの“ゴーテ警部”シリーズが有名だろう。

 映画の基本となるネタは、アガサ・クリスティの名作「そして誰もいなくなった」。ユリック・ノーマン・オーエン氏なる謎の人物からの招待を受けた客たちが、孤島でひとりまたひとりと謎の死を遂げていく。
 『名探偵登場』も謎の大富豪ライオネル・トウェイン氏の招待を受けた世界の名探偵たちが、富豪の屋敷に閉じ込められ謎の事件を推理していくのだ。
 ユリック・ノーマン・オーエンという名前が、UNOWEN=UNKNOWN(誰でもない)に聞こえる遊びが、『名探偵登場』ではトウェイン邸宅の所在地ローラ・レイン22の下にトウェインと表札を入れることで、“22トウェイン=チューチュー・トレイン(「恋の片道切符」by ニール・セダカ)”と読ませる、という具合に受け継がれている。

 招待される名探偵は五人(それぞれにお供がついて、招待客自体は十人。テン・リトル・インディアンである)。

 ピーター・フォーク扮するサム・ダイヤモンドは、言わずと知れたダシール・ハメットの「マルタの鷹」に登場するサム・スペード。原作よりも、映画版でスペードを演じたハンフリー・ボガートのパロディ(ミステリーとは関係ない『カサブランカ』のパロディも登場)になっており、この物まねが秀抜だったことからボギー映画のパロディ『名探偵再登場』が生まれた。フォークのお供は秘書だか情婦だかわからない(それ故にハードボイルドチックな)アイリーン・ブレナン。

 ジェームズ・ココ演じるムッシュー・ミロ・ペリエは、アガサ・クリスティ創作のベルギー人探偵エルキュール・ポワロ。美食家で皮肉屋、人の好き嫌いが激しい名探偵といえばもうひとり、レックス・スタウトのネロ・ウルフ・シリーズも思い出される。両方の要素が入っているようにも感じられるが、ジェームズ・ココはポワロの雰囲気を濃厚に残して演じている。ポワロにヘイスティングス大尉という友人兼冒険のお供がいたように、ペリエにもジェームス・クロムウェル扮する運転手マルセルがついている。

 デビッド・ニブン&マギー・スミスの英国コンビが扮するのは、おしどり探偵デイックとドーラのチャールストン夫妻。ダシール・ハメットの「影なき男」(シリーズ化はされずこれ一作のみ、映画化されてヒットし、映画版はシリーズ化された。演じるはウイリアム・パウエルとマーナ・ロイ)に登場する、ニックとノーラのチャールズ夫妻がモデルであるが、アメリカ人のハメットの小説よりも、ニブンとスミスの醸し出す英国的な雰囲気は、アガサ・クリスティが創作したトミーとタッペンスのおしどり探偵を思い出す。こちらはペリエと違って両方の要素が濃厚だ。

 エルザ・ランチェスターのジェシカ・マーブルは、これも有名なアガサ・クリスティの手によるジェーン・マープルが元ネタ。エステル・ウィンウッド扮する看護婦のミス・ウィザーズは、マープル女史の話し相手クリザリング卿か?はたまた甥のレイモンド・ウエスト?

 ピーター・セラーズ怪演のシドニー・ワン警部は、アール・D・ビガーズ創作のチャーリー・チャン警部だ。戦前には大人気で50本くらいの映画シリーズがある。ブルース・リーのアメリカ時代、「グリーン・ホーネット」の前に企画されていた「ナンバーワンの息子」は、このチャーリー・チャン警部の息子という設定だった。オリジナルのチャーリー・チャンも、へんな中国なまりの英語を話し、時折ことわざをいうのであるが、ピーター・セラーズは恐ろしくカリカチュアしてこの怪人物を演じている。シドニー・ワン警部の養子ウィリーが、ナンバーワンの息子ということになるが(苦笑)、演じるは日系のリチャード・ナリタ。
 この役、そもそもはオーソン・ウェルズでキャスティングされていたらしいが、スケジュールの都合でキャンセル。ちょっと想像できないのだが、これはこれで見てみたい。ちなみに、ウェルズといえば、'74年版『そして誰もいなくなった』でユリック・ノーマン・オーエン氏を演じて(?)います。

 映画版では省略されたエピソードだが、小説ではミステリー・マニアのライオネル・トウェイン氏が、百万冊目の推理小説を叩き付けるところかに物語がスタートする。この時トウェイン氏が叩き付けているのはキーティング作のゴーテ警部モノ。
 殺人パーティ開催の動機が、くだらない探偵小説(そのモデルとなっている名探偵たち)への復讐であり、推理小説マニアの怒りの声を代弁することなのだ。
 原作と映画最大の違いが、この冒頭部分と盲目の執事ベンスンとのやりとりで、屋敷のあちこちに仕掛けられた小型カメラで、常に二人は探偵たちの行動を監視しているのである。

 ライオネル・トウェイン氏を演じているのは、何と「冷血」を書いた作家のトルーマン・カポーティ。出演はしなかったが、オーソン・ウェルズのお墨付きを貰ってのキャスティングだった。なおトウェイン氏の容貌については、小説中にもカポーティそっくりと書かれている。

 執事という職業は推理小説には欠かせない人物だが、俗に“最も胡散臭く、最も疑わしい人物”であり、同時に“絶対に犯人であってはならない人物”と定義されている。執事が犯人であったりする推理小説が存在したら、それは駄作中の駄作なのだ。
 小説版はそこを逆手に取ってあり、熱烈な推理小説マニアである点は主人のトウェイン氏と同じでありながら、探偵たちをこよなく尊敬しているベンスンは、理不尽な主人の要求に渋々従っているにすぎない。つまり、彼には動機が存在するのだ。

 執事ベンスンを演じたのは名優サー・アレック・ギネス。出演依頼も恐る恐るであったらしいが、この名優は喜々として引き受けてくれたそう。風格ある英国執事の佇まいは、この人の名演技あってこそ。撮影途中で現場を覗いたニール・サイモンが、休憩時間に次回作の脚本を熱心に読んでいるギネスに遭遇。次回はどんな作品ですか?と尋ねたところ、「未来の話だ・・・」と答えたという。その次回作のタイトルは『スター・ウォーズ』であった。

 さて、事件はおこるのだが、何重にも仕掛けがあって探偵たちの頭を悩ませる。消失する部屋のトリックはジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)の「不可能犯罪捜査課」の一遍「見知らぬ部屋の犯罪」を思わせるし、部屋に侵入する毒蛇はコナン・ドイルのホームズ物「まだらの紐」からだろう。

 ホームズといえば、あまりにも有名な探偵シャーロック・ホームズは何故招待されていないのか?

 実は、映画版の本当のオチは、キース・マコンネルとリチャード・ピール扮するホームズとワトソンによって、鮮やかに解決されるというものだった。キャスティングされた俳優たちは、出番もあまり多くないことから、知名度よりもホームズたちを連想させるイメージが優先されたらしく、無名の俳優でキャスティングされた。
 ところが、これに他の有名スターたちからクレームがついた。無名の俳優にオチをさらわれることに難癖をつけたスター(一説にはピーター・フォークだといわれている)のクレームで、この場面は撮影されたが本編からはカットされてしまったのだ。
 アメリカでも一部の州だけではホームズオチのバージョンが公開されたらしいが、TV放映、ビデオ、LDから、DVDの現在に至るまでこのバージョンは特典にすら収録されたことがない。幻のバージョンなのである。

『龍兄虎弟/サンダーアーム』 [2007年11月02日(金)]

『龍兄虎弟/サンダーアーム』'87年製作、監督・主演:成龍、初期監督:曾志偉

 ジャッキー・チェンは、よくチャップリンやロイド、キートンなどのサイレント・スラップスティック・コメディアンと並び称されることがある。

 別に間違いではない。

 本人も意識しているのだし、欧米や日本でそう呼ばれても、決して悪い気はしないだろう。

 ただ、ジャッキーの凄さは、サイレント・スラップスティックを現代に甦らせたことだけではなく、世界アクション・スターの真の系譜の継承者である点だ。
 ここでいう“アクション・スターの真の系譜の継承者”とは?、主演スターがほとんどスタントを使わず、身につけた芸を極限までスクリーンに記録し続けた者たちのことである。

 サイレント期の大スター、ダグラス・フェアバンクスは1910年代から'30年代まで活躍。主に西洋チャンバラ映画(海賊ものや宮廷史劇)において、高所からのジャンプや剣戟場面をノー・スタントで演じ、アクションといえばフェアバンクスといわれる時代を作った。

 フェアバンクス路線を正しく継承したのがエロール・フリン。フェアバンクス死後の映画界('30〜'40年代)を引っ張り、彼も西洋チャンバラを得意とした。フリンの時代はトーキーに入っており、スタジオ撮影の多い西洋チャンバラだけでなく、映画の幅も西部劇や戦争映画などロケを多用するジャンルへとシフト。ヨーロッパ訛りの強かったフリンは、アメリカ映画での主演を悩んでいたらしいが、乗馬やガンプレイを颯爽とこなすフリンは人気を博した。

 フリンの後、'50〜'60年代に物凄いスタントをみせるスターが登場。サーカス芸人あがりのバート・ランカスターである。少年時代にフェアバンクスに憧れ、自らアクロバット・チームを率いていたランカスターのアクションはまるで重力を感じさせない。スターとなってからは、フェアバンクス映画を当時の映画界で体を張って再現出来る唯一の映画スターとして君臨。『怪傑ダルド』や『真紅の盗賊』はその真骨頂であった。
 アクション映画専門に歩いた人ではないのだが、前記の二本と『ヴェラクルス』『アパッチ』があれば、他は何もいるまい!

 '60年代以降、映画組合の力が強まり、主演スターがスタントを演じることは少なくなったハリウッドを尻目に、アクション映画界の帝王として君臨したのが、フランスのジャン=ポール・ベルモンド。

 このベルモンドこそ、ジャッキー・チェン以前のジャッキー・チェンである。

 高所から飛び降りたり、高速で走る地下鉄の上でアクションしたりは当たり前、ドライバーとしても一級品の腕前(息子ポールはレーサーでしたな)で、カーチェイスはほとんど自分でこなした。極めつけは、空飛ぶ飛行機の上で、仁王立ちしてのコメディ演技だろう。ベルモンドはシリアスな演技も上手かったが、コメディをやらせても一級品で、フィリップ・ド・ブロカ監督との名コンビでは、『リオの男』『カトマンズの男』など無茶苦茶なアクション・コメディを連発。日本の漫画「ルパン三世」にも多大な影響を与えたが、アニメのようなアクションを現実にこなした、世界最初の人間だったのだ。

 '33年生まれのベルモンドは、フランス最高のスターとして'60〜'70年代の牽引車として活躍。同時代のライバルであったアロン・ドロンはフランス以外ではウケたが、本国ではベルモンドに差をつけられた。ベルモンドに負けじとドロンも自作ではノー・スタントでアクションをこなすことがあり、二人の共演作共々、一見の価値ありです。

 ベルモンドは'70年代いっぱい、作品によっては'80年代でもスタントをやり続けたが、彼の体力が衰え始めるのと交代するように登場したのがジャッキーだったのである。

 “これって、アクション・スターの系譜を無理やりジャッキーにこじつけたんじゃないの?”

 今回のタイトルが『龍兄虎弟/サンダーアーム』であることをお忘れなく!つまり、本題はここからなのだ!

 ミッシェル・ジュリアンという名前を聞いてピン!と来る方は、古株の映画ファンでしょうな。
 『龍兄虎弟/サンダーアーム』のフランス側スタント・コーディネーターとして、映画に彼の名前がクレジットされたのを劇場で見つけた時、私は思わず立ち上がって叫びましたよ。

 それまでの功夫路線から、『A計劃/プロジェクトA』以降のシフトチェンジに、もしかしてベルモンドの路線をやる気なのでは・・・・と疑っていた。それが顕著に表れたのが『龍兄虎弟/サンダーアーム』という作品で、その作品がヨーロッパでロケをする以上、そこにミッシェル・ジュリアンの名前があることは必然であった。

 ミッシェル・ジュリアンとは何者か? 父レミー・ジュリアンから親子二代のスタントマンで、フランス・アクション映画界を支えてきた功労者一族である。
 ということは、当たり前だがベルモンドとは親子共々付き合いのあるポン友といっていい間柄で、傑作『恐怖に襲われた街』や、『おかしなおかしな大冒険』『華麗なる大泥棒』他、多数の作品でベルモンドのスタントをサポートしてきた親子なのだ。
 この親子、今だ二人とも現役で、『TAXI』シリーズや『トランスポーター』などのスタント監督を務めています。

 一説には、『龍兄虎弟/サンダーアーム』ロケでフランス入りしたジャッキーたちをミッシェル・ジュリアン・スタント・チーム側で迎えたともいわれており、その真偽ともかく、ジャッキー側で彼らを選んだにしても、ベルモンドを意識していない訳がないではないか!

 フランス・ロケも終わり香港に帰る時、ミッシェル・ジュリアンからジャッキー贈られた渾名は“アジアのジャン=ポール・ベルモンド”であった。
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