旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

『龍形刀手金鐘罩』 [2008年03月31日(月)]

『龍形刀手金鐘罩』'79年製作、監督:陳少鵬、主演:黄家達

 雪原を馬で疾駆する陳星にナレーションが被る。

 清朝が倒れ、中華民国となったが、清朝復古を目指して暗躍する一部勢力が存在する。その中心人物が清朝八旗軍を握る陳星将軍だ。

 韓国ロケの大雪原が非常に効果的で、雪原で陳星が刺客に襲われる秀抜なOPからこの映画への期待が高まる。
 刺客をひとり、またひとりと倒す陳星、最後の刺客として登場するのは[上/下]薩伐(カサノヴァ)・王虎。激しい死闘の末、陳星が王虎を倒したところでOPが終わる。

 この映画最大の魅力は、その顔合わせにある。

 悪の将軍役に陳星、国民党政府の役人に黄家達、清朝の血をひく王女に龍君兒、OPの時点では生死不明の王虎は黄家達の同志。ジャッキーのそっくりさん陳少龍と、ブルース・リーのそっくりさん巨龍が他の同志で、陳星派の敵キャラには劉鶴年、陳燦華、湯錦棠、李發源、林克明、元徳など。
 敵か、味方か?両陣営のスパイとして暗躍する何誌強、他に鄭眞化や 崔旻奎も登場。ちょっとこれだけバラエティにとんだ顔合わせは珍しい。

 顔合わせだけで終わる映画ではない。武術指導も担当した監督の陳少鵬にとってはベストに近い仕事と言ってもいい。

 王虎を倒した陳星は、清朝皇帝の血をひく魯鴻の元へ。皇帝への意欲を見せる魯鴻に対し、現実派の娘・龍君兒は父を嗜めるが・・・。陳星との密約により蜂起を約束する魯鴻の元には、国民党政府の密偵が忍び込んでおり、彼らを監視する黄家達にもその報告はもたらされる。
 すぐさま駆けつける黄家達、「よもや良からぬことをお考えでは?」問い詰める黄家達だったが、素っ惚ける魯鴻。

 屋敷の囲いを破って侵入する王虎と陳少龍との間にひと悶着あったが、共に同志と知り行動を共に。王虎の報告では、間違いなく当地に陳星が潜伏していると言うが・・・。

 父の行動を監視する政府のやり方に反発を覚える龍君兒、ひそかに親衛隊を組織するが、腹心の劉鶴年や陳燦華は何やら企む様子。
 陳星の動向を探る政府の密偵・巨龍と崔旻奎は、魯鴻の外出に同行する情報を掴み陳星を襲う。“金鐘罩”という鐡布杉のような技を使う陳星は無敵で、崔旻奎は返り討ちにあい、巨龍の行動を嗜める黄家達。

 武術指導を兼任する陳少鵬の仕事が素晴らしく、ロケーション効果とカメラアングルを考え、バリエーション豊かなアクションを構築しているのだ。例えば、陳星と黄家達、陳少龍、王虎が対戦する場面では、手技の黄家達、足技の王虎、オールラウンド・プレイヤーの陳少龍と動きを振り分け、陳星には金鐘罩という防御技を使わせることで、同一の動きで演者が被らないように心掛けているなど、手抜かりがない。
 更に武術顧問として“大聖劈掛門”の大家・陳秀中が名を連ねており、そのせいかいつもの陳少鵬の表演的殺陣に比べて、ずっと実戦的なのである。

 黄家達は陳星を追うが、金鐘罩の秘技を破れずに取り逃がす。その間に魯鴻も監視の目を潜り脱出するが、何誌強や劉鶴年らの裏切りにあい囚われの身に。

 陳星を問いただす魯鴻だったが、清朝復興など興味は無いとうそぶく陳星は、八旗軍を動かすための印章が欲しいだけだった。騙されたと知った魯鴻は、あくまで印章の在り処を黙秘するが・・・。

 陳星と魯鴻の行方を追う黄家達と王虎。刀術軍団、槍術軍団などを蹴散らし、二手に分かれても王虎には龍君兒の親衛隊、黄家達には龍君兒その人が迫る。黄家達と龍君兒の対戦をセッティングした劉鶴年は、ふたりを船倉に閉じ込め火を放つ。
 罠と知った龍君兒は、黄家達と協力して虎口を脱出、父の行方不明に陳星の陰謀を見抜く。

 「陳星は恐るべき使い手だ、彼の技の秘密が解れば・・・あれは鐡布杉か?」問いかける黄家達に「あれは確か金鐘罩という技よ」と教える龍君兒。正直言ってどっちでも似たようなもんだが(笑)、金鐘罩破りの技を二人で特訓。
 ここで黄家達の修得する技が“龍形”、龍君兒の技が“刀手”となり、龍形と刀手で金鐘罩を討つ!という題名であることがわかる。

 かつて鐡布杉を操る無敵の銀魔王として君臨した黄家達が、今度は同じような技を破るために特訓するのだが、ここのバックで流れる音楽が何と『ドラゴン太極拳/太極元功/太極氣功』のテーマ曲と同じ!音楽担当は曾廣華、センスいいぞ!

 この特訓場面、黄家達が特訓に励む場面と、陳星が金鐘罩の演武をしている場面がカットバックで描かれ、黄家達の成長に合わせ、陳星の金鐘罩の弱点も判るようになっている演出が出色で、最低でも二人ひと組でないと陳星は倒せないことが観客には伝わるのだ。

 一通り技を会得した黄家達と龍君兒、いったんは役所に帰るが、長きの不在に裏切りの不信を抱かれ、陳少龍と仲たがい。役所を出た陳少龍を利用しようと企む陳星一派だったが、これは黄家達の芝居でスパイとして送り込んだのだった。
 魯鴻の居所を探るためだったが、これを逆手にとって龍君兒らをおびき出す陳星、どこまでも悪辣だ。
 ひとりでは危ないと王虎も同行するが、陳星にやられ、人質となる龍君兒。

 娘の命と引き換えに印章の引き渡しを企む陳星は、要塞に立てこもり魯鴻を拷問にかける。ついには印章の在り処を白状して息耐える魯鴻。黄家達がひとりで要塞に乗り込んできたが、龍君兒は囚われのまま。

 さて如何にして黄家達は陳星の金鐘罩を破るのであろうか?ここからは観てのお楽しみなのであります!

 製作の通用影業は台湾で立ち上げられた会社(香港にも支社はあるが)で、「AN ASSO ASIA FILM」という名前の方が通りがいいか。
 プロデューサーのケ格恩(トーマス・タン)は黎幸麟(ジョセフ・ライ)と共に活動していた、一説には韓国人だとの噂もあるが・・・。初期には『黒豹飛客』などのちゃんとした韓国産功夫片をたくさん作っているが、後に「通用=AN ASSO ASIA FILM」は「IFD」や「フィルマーク」を立ち上げ、怪しい映画作りに手を染めていく。
 そのせいか、王虎、巨龍を筆頭に韓国系スターが大量に投入されていますが、テコンドー映画にありがちな一本調子にならなかったのは、やはり陳少鵬の構成力のおかげか。

 この映画、かなりお薦めです。

『怪拳小子』 [2008年03月19日(水)]

『怪拳小子』'79年製作、監督:唐迪、主演:李藝民

 『師徒出馬』について書かれた部分をもう一度読み返して欲しい。要約すると『師徒出馬』は再編集作品であろう・・・ということであった。
 『師徒出馬』が再編集作品であるならば、元になった作品が存在する訳で、それが今回取り上げる『怪拳小子』なのだ。

 それにしても『師徒出馬』は不思議な作品だ。私は中文クレジットの作品を持っているのだが、監督は袁正義(袁信義のことだと思われるが)、武術指導は袁家班とハッキリ書かれているし、『怪拳小子』という作品が再編集されて『師徒出馬』になったとしても、『師徒出馬』名義でロビーカードが存在する以上、何らかの形で『師徒出馬』として公開されたことだけは間違いない。

 今回、オリジナルである『怪拳小子』と見比べて判ったことは、羅烈フッテージとOPを変えてある以外は、まったく変わりがないということが判明した。『師徒出馬』を取り上げた時には李藝民の髪形などから、もっと別パートが存在するのでは?という推察だったが、これは間違いであった(ただこの理由については概ね説明出来るので後述)。
 しかしそうなると、羅烈フッテージの付け足しだけで監督&武術指導を名乗るとは袁家班にとっても汚点ではないだろうか?それも羅烈フッテージが袁家班が撮影した新撮ならともかく、全然別の映画(おそらく韓国映画)から持ってきた場面ならなおさらだ。オリジナルの監督・唐迪と、武術指導の李小明に申し訳が立たないだろう。

 ストーリー的には大差ないので割愛するが、李藝民の髪形が場面によって変化する理由は、考えられる限りふたつある。

 ひとつは李藝民自身の問題だ。台湾映画界でキャリアをスタートさせた彼は、「長弓電影」時代の張徹に目をつけられ邵氏と契約する。
 それなりの人気を得て台湾に凱旋した李藝民に、新たな契約を持ちかけた人物が郭南宏だ。これがトラブルの始まりだった。
 邵氏との契約を残して台湾に帰った李藝民に、邵氏側が難癖をつけ、李藝民はトラブル回避のため台湾−香港間を奔走する羽目に。

 更には新しく契約した郭南宏との間にも金銭トラブルが持ち上がり、この時期に撮影された映画は、度々中断の憂き目にあっているのだ。
 実際のところはどの作品が中断になったのかは不明ながら、邵氏の『射G英雄傳續集』が終わり、郭南宏映画『虎豹龍蛇鷹絶拳』を撮影、契約履行のため邵氏に復帰して『生死鬥』を撮影する間の作品が『怪拳小子』であることだけは間違いがない。

 もうひとつこの映画が中断になった可能性を持つ要素がある。それは袁小田の健康状態だ。

 『蛇拳』のヒット後、一躍人気スターとなった袁小田の元には、40本からの契約が舞い込み、彼はそのほとんどと契約をしてしまったらしい。『酔拳』公開後の79年10月5日から、袁小田が逝去する80年12月17日の間はおよそ1年。さすがに40本もの作品は消化しきれていないが、それでも18本の映画に出演しているのだから驚くばかりだ。

 実は79年5月頃から体調を崩し始めており、その後は入退院を繰り返し、6月には一度手術を行っている。作品によって急激に体重を増加させているのは、今にして思えばこのせいだったのだろう。
 企画されていた作品のうち、生前に降板したものに『林世榮』、『癲螳螂』、撮影途中で降板したものが『酒仙十八跌』(これの出来にも納得だ)。

 袁小田の死によって残された企画かどうかは不明だが、生きていれば『蛇猫鶴混形拳』や『龍形魔橋』の石堅は袁小田だったような気がする。郭南宏は『酒仙十八跌』以降も契約を望んでおり、彼の死によって構想が狂ったので『師父出馬』には于占元を担ぎ出したと語っている。共にジャッキーの師匠という連想からの代役だったそうで、袁小田が死ななければ于占元が映画に出ることも無かった訳だ。

 しかし直接の死因こそ癌だったかもしれないが、これは明らかに働き過ぎではないだろうか?

 『怪拳小子』でも、後半の出番は茂みの中から李藝民の活躍を見守っているだけで、他の出演者との絡みが無くなってしまうことから、李藝民と袁小田どちらかの理由(もしくは二人とも)で、撮影が中断されていたことが窺える。

 『酔拳』以降、無数に作られた練功小子片の象徴こそ袁小田だ。その彼が残した大量の作品群も、健康を害した70歳近い老人が、老体に鞭打って残した作品であったということだ。昨今続く芸能人の訃報の前に、今一度この事実を考えておきたい。

『達磨鐡指功』 [2008年03月09日(日)]

『達磨鐡指功』'78年製作、監督:南宮勲(汪洪説有り)、主演:呂小龍

 呂小龍の“達磨シリーズ”第一弾!・・では第二弾は?ってことになりますが、それは追々。

 韓国にある上海の日本軍総司令部では、長官の斐壽千によって当地における日本軍の優位性を保つため、日本人武術家による中国武術への挑戦が計画されていた。そしてその第一目標は少林寺である。

 そんなことになっているとはつゆ知らず、“今日も韓国山中にある少林寺で修業している陳星と呂小龍。点穴人形を使って、秘技・達磨鐡指功の修練に余念がない。”

 そこへ、大変だ!と修行仲間の張力が飛び込んできた。日本軍による武術家狩りは始まっており、呂小龍の道場も襲われたという。韓国の山を下りて台湾の街に到着した呂小龍は、無残に潰れた道場を発見。
 “兄貴、俺が必ず仇を討つ!墓の前で張力と誓っている頃、都合良くボコられに日本人がやってきた。まずはこいつらから血祭だ。”

 韓国にある上海に到着した呂小龍、さっそく日本軍将校を吊るし上げる。恥をかかされた将校は切腹、この将校が斐壽千の縁者(?)だったことから、怒りの矛先は完全に呂小龍一人へ。

 “韓国山中の少林寺に帰った呂小龍、師匠の陳星から韓国へと逃げろと勧められる。呂小龍が逃げた後、斐壽千が復讐のために集めた武術家軍団(江島、楊斯、他韓国武師軍団)に襲われた陳星、得意の達磨拳法で闘うが、助けに現れた農夫(張莽)の裏切りにより命を落とす。”

 陳星に紹介され南宮勲のところに身を寄せる呂小龍。娘の金正蘭とはすっかり仲良しだ。韓国に来ても修行を怠らない呂小龍は、陳星と修行していたのと全く同じ場所で修業に明け暮れる・・・・ロケ場所変えんか!(笑)

 “呂小龍の行方を追って韓国に現れた江島軍団、南宮勲を襲撃するもあと一歩で逃げられる。”傷つき倒れたが、反乱軍を指揮し日本人への抵抗を説く南宮勲。すっかり物語上は忘れられていた張力が、斐壽千の動向を知らせ、キーセンに化けて斐壽千を狙う金正蘭だったが、間一髪で呂小龍に救出される。
 江島を倒し、張力の犠牲はあったものの、呂小龍は斐壽千に最後の決戦を挑むのだった・・・。

 うーむ、意外に面白く(呂小龍にしては)、これは屈指の傑作(呂小龍にしては)ではあるまいか?!

 ところで、この映画には『火焼少林門』なる続編があるのですが、いったいどの辺りが“達磨シリーズ”第一弾!ってことになるのかというと、それは『達磨五形拳』という映画の存在があるからなのだ!

 『達磨五形拳』をもう一度読み返して貰いたい。これは明らかに呂小龍得意の再編集作品なのだが、その元ネタとして使われた映画がこの『達磨鐡指功』なのだ。
 今回のレヴューで“ ”で括ったところと、『達磨五形拳』を比較して欲しい。その場面こそ『達磨鐡指功』からの引用部分で、呂小龍の映画作りの一端が垣間見える部分なのである。

 まあ、再編集でないだけ(呂小龍にしては)マシってもんですよ、この映画は。

『大惡客/上海灘』 [2008年03月04日(火)]

『大惡客/上海灘』'79年製作、監督、主演:戚冠軍

 製作は79年だが、公開は80年6月説がある。この映画が“上海灘”という別題名を持つ以上、80年公開説の方が自然だ。というのも、周潤發主演でTV「上海灘」が始まったのは80年3月のことだからだ。後の周潤發のイメージを決定付けた大ヒットTV番組に便乗したと考える方が、この妙な映画にはしっくりくるのである。

 青幇らしき組織を立ち上げたと思しい人物(杜月笙ではない)というナレーションの後、赤バックに戚冠軍の洪拳演武からスタート。ここは中々の出来で期待させる。
 江青霞の組織する賭博場乗っ取りを企む金剛一派は、全面戦争の末に縄張りを掠め取る。残された江青霞一味は番頭格の唐迪を中心として、出直しを図る。娘の王眞だけは復讐を誓うが・・・。

 港湾労働者の戚冠軍と弟分の張泰倫は、賃金上げ要求のもつれから港を支配する唐迪と顔見知りになり、その腕を見込まれて組織の用心棒になる。
 慎重な戚冠軍とは違い、いっぱしの顔役気取りの張泰倫を利用し、揉め事を起こさせては勢力の拡大を図る唐迪。
 金剛一味は、六戈、劉文彬、助っ人の彭剛らがやられ、徐々に追い詰められていくが、江青霞との闘いで負傷した金剛自らは乗り出さない。

 この映画が奇妙なのはここからだ。

 負傷を理由に闘おうとしない金剛は、更なる助っ人・馬金谷を呼び寄せる。物語も終盤に差し掛かり、ほとんど物語の進行からは忘れ去られていた王眞と、唐迪にいいように利用されてきた張泰倫との間に婚約が纏まり、大慌てで婚礼を向かえる。
 婚礼当日、馬金谷が連れて来た殺し屋・蘇國[木梁]、宏興の襲撃により、張泰倫ほか唐迪らも皆殺しに。

 この映画は一部で『洪拳小子』のリメイクではないかと言われている。なるほど、暗黒街に憧れる弟分とその兄貴、二人を利用しようとする人物も登場する。おまけにその人物はどちらも唐迪が演じており、貧しい張泰倫が金時計を出世のアイコンとして見ている場面など共通点は多い。初監督の戚冠軍が、師匠・張徹の作品を巧みに取り入れたことだけは間違いなさそうだ。

 そうであるならば、尚更この映画の展開には首を傾げざるを得ない。この場合、散々伏線を張ってある訳だし、戚冠軍らは金剛一味との闘いが終わったら用済みとして使い捨てられ、唐迪のみが漁夫の利を占めるという展開であるべきだ。
 だが驚くのはまだ早い。更に映画は混迷の度を増してくるのだから。組織を潰され、新郎を殺されたた王眞は、怒り火の玉と化して金剛一家に乗り込み、一撃で金剛を倒すのである。文章上、ある種の表現として“一撃”と書いたのではない、文字通りの一撃なのだ。

 ラスボスが一撃で倒されるという前代未聞の展開後、物語の決着を担うのは、終盤になって助っ人参戦した馬金谷。確かに殺し屋を連れてきたのは馬金谷だが、王眞や戚冠軍との絡みは無に等しい人物に、これまで散々尺を費やした物語を預けてしまうというのは、どうにも肯けない。それにだ、一撃で殺してしまうのなら、何も最初から金剛なんて大物を引っ張ってくる必要もないだろう。

 それまで一緒に葬式をしていながら、王眞の危機になってやっと現れた戚冠軍は、馬金谷を倒して自らも息耐える・・・・ラストだけちゃんと張徹風にしてあるんだ(笑)。
 いや、全体的にアクションは悪くない映画(武術指導は阿材、黎根、福洲)だが、とりわけ馬金谷のアクションが素晴らしく、ラストの王眞から続く二連戦だけは見ものである。

 これはこの映画の後半の展開からの想像だが、恐らくは金剛が本当に何らかのアクシデントでアクションが出来なくなってしまったのではないだろうか?
そのため金剛に代わってストーリーを担う人物が必要となり、唐突に登場しただけの人物では闘う理由が見いだせないことから、伏線も素っ飛ばして唐迪達まで殺し、馬金谷の悪辣さを印象付けるという作業が必要になったのでは?

 こう考えるとこの映画も随分とスッキリするのだが・・・・。

 監督はおろか脚本も務めた戚冠軍は、78年の『身形拳法興歩法』撮影時に自社公司「冠軍影業公司」を設立。この『大惡客/上海灘』がその第二弾にあたる。『大惡客/上海灘』以後、「冠軍影業公司」が映画を作ったとは聞こえてこない。
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