'08年・夏の興行戦争〜コメディ篇(1) [2008年08月31日(日)]

 前回のアメコミ篇に代わって、今回はコメディ篇です。今年ほどずらりと大物コメディアンの作品が並んだ年も、近年では珍しかったと思います。

 アダム・サンドラー『You Don't Mess with The Zohan』

 スティーブ・カレル『Get Smart』

 マイク・マイヤーズ『The Love Guru』

 ベン・スティーラー『Tropic Thuder』

 これ以外にも、キャメロン・ディアスやウィル・スミスのコメディがほぼ同時期に公開だったんだから、今年は大漁だったといえる。
 ちょっと本題からはズレるんですが、ウィル・スミスの新作『ハンコック』は、今の映画興行形態と、今年の夏をターゲットにして作られた作品でした。ご存じのようにこの『ハンコック』はヒーロー物のパロディなんですが、シネコンという上映スタイルで、『ダークナイト』や『アイアンマン』と共に並ぶことを計算の上で作られているという、実に今の世でなければありえなかった作品。

 本題に戻ろう。観る前の期待値という点では『Tropic Thuder』、『You Don't Mess with The Zohan』、『The Love Guru』、『Get Smart』だったんですが、観終わった後の感想からいうと『Tropic Thuder』、『Get Smart』、『The Love Guru』、『You Don't Mess with The Zohan』でした。

 ではまず『You Don't Mess with The Zohan』から。TV「サタデー・ナイト・ライブ(以下SNL)」出身のアダム・サンドラーは、91年よりテスト出演を許されて後にレギュラー入り。

 この90-91年組には(「SNL」はその年の9月が新シーズン・スタート、翌年の6月までで1シーズンが終了するため、通常○○−○○年組と表す)、

 クリス・ファーレイ
 ティム・メドゥズ
 クリス・ロック
 ロブ・シュナイダー
 デビッド・スペード
 ジュリア・スィーニー
 
 などがおり、89-90年組のマイク・マイヤーズ、86-87年組のフィル・ハートマン、ダナ・カーヴィーを加えて、「SNL」第三黄金期と呼ばれた91-93年までの二年間を支えるメイン・キャストのひとりとして活躍したのがアダム・サンドラーの最盛期。

 その後、映画に進出し、一時期は『Happy Gilmore』や『Billy Madison』『The Waterboy』などのバカ映画がヒット続き、新世代のコメディアンとして注目を浴びる。ドリュー・バリモアと組んだ『ウェディング・シンガー』の大ヒットが、日本での認知度に貢献した作品といえようか。

 その後、コメディアンが陥り易い罠に、アダム・サンドラーも堕ちた。

 アメリカで酷評された『ビッグ・ダディ』は、子どもを使ったミエミエのお涙頂戴路線、フランク・キャプラの『オペラハット』そのままのパクリ『Mr.ディーズ』で失敗したのにも関わらず、『素晴らしき哉人生』そっくりの『もしも昨日が選べたら』に出演。全てのクラッシック映画マニアを敵に回した『ロンゲスト・ヤード』リメイク事件で、コメディアンとしては止めを刺された。

 シリアスでダメ、アクションでダメ、そんなアダム・サンドラーが再起を賭けて出演したバカ映画が『You Don't Mess with The Zohan』だった。
 モサドのスゴ腕エージェントのゾーハン(アダム・サンドラー)は、血で血を争うパレスチナ・ゲリラとの死闘に嫌気が射し、ゲリラの親玉との対決途中で死を装い、美容師になるため憧れのアメリカへと移住。
 小さな美容室で職を得たゾーハンが、初めて恋をした相手は、実はパレスチナ人だった・・・。

 面白そうでしょ? 

 でも期待値の二番目だったこの作品は、実はほとんど笑えなかったのだ。鋼鉄のチ○コを持つゾーハンは、それで卓球をしたり美容師の仕事(?)に生かしたりと大活躍、元はスーパー・エージェントですから、基本的に何でも出来るスーパーマンなんだけど、面白いのはこれらの描写だけで、特に意味不明だったのが数々のイスラエル・ジョーク。
 ユダヤ系のアダム・サンドラーには、元からユダヤ・ジョークは多かったんですが、イスラエル時代から、アメリカに住むイスラエル移民の間で繰り広げられるジョークのほとんどが解らない。

 劇場でアメリカ人も笑っていなかったため、何人かのアメリカ人にも聞いてみたのですが、彼らにも意味不明だったとか。何でこんな映画にしちゃったんでしょうね?でも、いくつかのバカバカしい場面に、往年のサンドラー・タッチが垣間見れたので、今後に期待しましょうか。

 マイク・マイヤーズといえば、カナダの「セカンド・シティ(以下SC)」出身で「SNL」へと登用されたエリート・コメディアン。「SC」はシカゴに本拠があるコメディ劇団で、カナダ支部からはマイヤーズの他にダン・エイクロイド、ジョン・キャンディ、マーティン・ショート、キャサリン・オハラなんかが有名。
 「SNL」時代の持ちキャラであるウェイン・キャンベルを主人公にした『ウェインズ・ワールド』で映画界でも成功を収めると、大ヒット・シリーズ『オースティン・パワーズ』でスーパースターの座を射止める。

 先に述べた「SNL」第三黄金期を支えたメンバーの中では、一番の出世頭だったんですが、カナダ人のマイヤーズは、アメリカで稼いだお金を確定申告しなかったんです。脱税(アメリカでは相当に嫌われる行為)でスターの座を追われたマイヤーズが、カナダを舞台に作ったのが新作『The Love Guru』。

 インドで孤児になっていたマイヤーズは、インドの偉大なる導師(グル)“ガンジー”ベン・キングズレーに導師となるよう導かれる。それなりの成功を収めたマイヤーズの元に、カナダのプロ・ホッケー・チームから選手のメンタル・ケアをして欲しいと頼まれる。
 恋人をライバル・ホッケー選手に寝取られたロマニー・マルコを立ち直らせてほしいというのが依頼だったが、マイヤーズ自身が導師の座をかけてライバルと争っている最中。有名人の治療で注目を浴びれば、スター導師になれると意気込むが・・・。

 ホッケー・チームのオーナーに旬の女優ジェシカ・アルバを起用、マルコの恋人を寝取ったライバルにジャスティン・ティンバーレイクという布陣は、これがマイク・マイヤーズの再起に賭ける意気込みを表していたように思うが。

 不発でした。何というかな・・・ギャグの感覚がズレてしまっているというか・・。ミニー・ミーいじめも相変わらずだったし、往年のギャグをやるか!と思わせてスカすあたりはマイヤーズらしかったのですが、それ以外の部分がどうにも乗り切れない。

 一番面白かったのは、ジャスティン・ティンバーレイクのキャラクター。ホッケー界1の巨根として有名な彼が目指しているのが、アメリカン・ポルノ界伝説の男・ジョン・ホームズ。ポール・トーマス・アンダーソンの『ブギーナイツ』が彼をモデルとしていたことは有名だし、ホームズその人についてはヴァル・キルマーによって『ワンダーランド』なんて映画も作られました。
 ジャスティンは、その風貌から喋り方、体の動き、ファッションまでジョン・ホームズをトレースしており、登場の音楽まで'70年代アメリカン・ハードコア風。

 若いアメリカ人にはこのキャラクター何の事だか解らなかったらしく、映画館でウケていたのは私だけでした(苦笑)。 〜以下、続きます。

'08年・夏の興行戦争〜アメコミ篇 [2008年08月28日(木)]

 今年の夏はアメコミ・ヒーロー物三本、考古学アドベンチャーの続編二本、そして大物コメディアンの新作がズラリと並ぶという興行戦争の年だった。といってもこれは本国の話ですが。そこで同ジャンルから、アメコミ物と、コメディを一括りにして、二回に分けて総評をお送りしたいと思います。

 バットマン・シリーズの新作『ダークナイト』の評判がすこぶるいい。

 実際この映画は面白く、出来も相当に良かったのですが、この映画ってやっぱり911後遺症の作品なんですよね。
 911テロから続くイラク戦争の泥沼で、かつてアメリカ人が考えていた、アメリカという国の絶対の正義に揺るぎが生じた。特にブッシュ政権後半の4年間はそういう4年間だった。
 アメリカ人が初めてやられる側に回った911。ショックだったんだろうな。日本人も敗戦の9年後に『ゴジラ』を作っていますから、気持は解るんですけどね。 

 正義と悪とその中間で苦悩する人々のお話は、正に現代に生きるアメリカ人の苦悩そのもので、それをハービー・デント、ジョーカー、バットマンに振り分けた脚本は見事だった。
 この映画を観た多くのアメリカ人がこう言います。「これはバットマンでなくても通用する話だ・・・」と。
 
 でもこの映画の居心地の悪さも、正にそこじゃないかと思うんですけどね。

 ティム・バートン版『バットマン』もシリアス路線ではありましたが、『バットマン・リターンズ』なんて、バットマンでしか成立しない話なのに比べ、今回の『ダークナイト』は、バットマンでなくても成立するお話。アメコミ原作の映画として、ちょっとそれはどうよ?というのが居心地悪さの正体。

 そもそもバットマンなんて、大金持ちの中年男が、レゾンデートル的悩みの果てに、変なスーツやマスクを着けて、夜な夜な悪人と殴り合いをするお話なんですよ。話をシリアスにすればするほど、その滑稽さが焙り出されるというジレンマを抱えているんです。

 最もこれはバットマンに限ったことではなく、アメコミ・ヒーロー物の実写化には付き物のことなんですが。

 バットマンはアメコミ出版2大大手のひとつDCコミックスの作品。現在はワーナーの系列であるため、当然のことながらバットマン・シリーズはワーナー社製。
 DCコミックスのもう一方のヒーローであるスーパーマンは、他のヒーローと一線を画していまして、ほとんどのヒーローが基本的には地球人であるのに対して、クリプトン星人であるスーパーマンは、己がヒーローであることそのものには悩まない。力を使うことや、クラーク・ケントとして生きる場合に生じる悩みは存在しても、ヒーローであることにはそんなに疑いは持たない人。

 だからか、あんまり今日的でない『スーパーマン・リターンズ』(なんたって最大の悩み事はロイス・レインのことだった)は、今のアメリカ人にはウケなかった。
 おかげで路線変更を余儀なくされて、『リターンズ』の続編としてのシリーズは作られないことが検討されているとか。

 『リターンズ』の続編が作られないもうひとつの理由が、ライバル社であるマーベルの動向。

 かつてマーベル作品といえば失笑される失敗作のオンパレードという黒歴史がありました。『ハワード・ザ・ダック』、ドルフ・ラングレン版『パニッシャー』、『マスターズ・オブ・ユニバース』、ユーゴ合作版『キャプテン・アメリカ』、ロジャー・コーマン版『ファンタスティック・フォー(以下FF)』etc。

 風向きが変わったのがサム・ライミの『スパイダーマン』からで、やっぱりレゾンデートル的な悩み(ピーターの場合もう少し庶民的な悩みもあるが)を抱えた等身大のヒーローという作りで、マイノリティについての映画である『ブレイド』シリーズや、『X−MEN』シリーズにもヒット作のパターンとして応用されていく。

 そのマーベルが明確に変わり始めたのは'04年版『パニッシャー』から。

 どんなヒーローも存在意義やフロイト的悩みを抱えてて、変なタイツ姿で殴り合いをするなんて・・・・。そのバカバカしさに気づいたのか、'04年版『パニッシャー』や、'05年からスタートした『FF』シリーズでは、ヒーローの悩みなど小さいものとして、縦横無尽に暴れまわるコミック本来の面白さを活かした作品作りにシフトしていく。

 そもそも『FF』は原作にしてからがそうだったのだ。体がゴムのように伸びるリチャード、その妻で透明人間のスー、弟の人間発火装置ジョニー、いずれも大して悩むこともなく、ヒーローとしての自分を受け入れて活躍する。悩みらしい悩みを見せるのは岩石人間ザ・シングくらいのもので、これも逆に他のヒーロー物に対するパロディとしての役割くらいの悩みでしかない。

 そもそも荒唐無稽な漫画を、実写にして生身の人間が演じても、どこかで滑稽感は否めず、それを糊塗するために殊更シリアスぶることで、かえって滑稽さが増す・・・。

 そうであるならば、いっそのことチマチマ悩むのなど辞めて、ヒーローはヒーローらしく、変なタイツを着ていることへの言い訳なんかクダクダとは述べずに、悪い奴を殴りつけていればいい。

 マーベルのこの姿勢を徹底するためか、同社は映画の自社製作を始めた。設立されたマーベル映画部門の第一弾が、この夏公開されて大ヒットした傑作『アイアンマン』であった。

 私的には、夏の作品では文句なくこの映画がNo.1で、アメリカ映画本来の娯楽作品が持っていた良さを再認識させられた作品でした。日本では夏の公開ではなく、しかも本来ならマーベル第二弾のはずの『インクレディブル・ハルク』が先に公開されてしまうという不幸な結果に。この二本は絶対に公開順に観ないといけない作品なのに・・・日本の配給会社も罪なことするよなぁ。

 原作の『アイアンマン』はベトナム戦争を背景にしていたんですが、現在の中東情勢を反映してアフガンを舞台に変更。これがまず旨くいきましたね。飲んだくれで会社を乗っ取られるボンクラ社長役に、実生活でも酒やドラッグで度々問題を起こしているロバート・ダウニーJrを起用。決して華やかな人気スターではないダウニーJrが主役にも関わらずこの映画がヒットした要因こそ、圧倒的に映画そのものが面白かったことを物語っている。

 アイアンマンにも悩みはある。映画でも描かれる。しかし、それは本当に小さなことで、善と悪の対立や、ヒーローとしての生き方そのものなんかじゃない。スーパースーツ(プロトタイプのレトロ感が泣かせる!)を着こんだボンクラ社長は、男の意地とヒーローとしての誇りを胸に、容赦なく悪人共を叩きのめすのだ。これこそ漢が求めていたものではないか!?

 アン・リーによって'03年に『ハルク』が登場してから、ごく短期間でリメイクが作られるように報道されたが、実質続編の『インクレディブル・ハルク』。実はこの作品、マーベルのアベンジャーズ構想の一環として作られているのだ。

 マーベル社のヒーロー達は作品中で同じ世界観を共有しており、キャプテン・アメリカを中心とするアベンジャーズというヒーロー同盟には、アイアンマンもハルクも関係している。
 マーベルは結果としてこのアベンジャーズまで映画化することを目論んでおり、既にキャプテン・アメリカ、ウルヴァリン、マイティ・ソー(本当はマイティ・トアと発音するんでしょうけど、昔日本でも出ていたコミックスは“ソー”でした)を映画化すると発表しており、全作品がアベンジャーズに向けてリンクしていくことも併せて発表された(だからアイアンマンを先に上映しないといけないんですよ!)。

 駄作以外の何物でもなかった'03年版『ハルク』に比べ、『インクレディブル・ハルク』は現在のマーベル路線に乗っ取った作りになっている。
 ブルース・バナーはハルクであることを悩みはするけれど、悩んでいるばかりでは何事も解決しないということを解っている人物像に変更。世界を駆け巡って治療法を研究する傍ら、ハルク変身前の自分(すなわちブルース・バナー本人)がお荷物になることを懸念し、ヒクソン・グレイシー(本人)に弟子入りするという用意周到さ。

 結果、ブルースを追う側と、追われるブルースとの攻防という一点に物語展開を集約。そこに恋人ベティや、その父で追う側のロス将軍、ハルクのライバルとなるモンスター・アボミネーションを点描し、テンポ良くクライマックスまで辿り着く。そこには等身大の人間のちっぽけな悩みなど入り込む隙など微塵もなく、ハルクのコピーといってもいいアボミネーションとの対決(『サンダ対ガイラ』のような関係)に向けて進む一直線の物語があるだけだ。

 漫画のヒーローなんて、これで良くはないか?

 マーベルのアベンジャーズ構想に対抗するべく、ライバルのDCコミックスも動き出した。ここで持ち出されるのがジャスティス・リーグ構想だ。要するにDCコミックス版のアベンジャーズな訳だが、製作の発表されているワンダーウーマンとスーパーマンは同居出来るのか?先に書いた『リターンズ』の続編としてのシリーズは作られないというDCコミックスの発表は、来るジャスティス・リーグに向けての世界感の練り直し作業ということだろう。

 そうなるとますますシリアスなクリストファー・ノーラン版の『バットマン』は、世界感の統一性を欠くように思うが・・・・。

 圧倒的にマーベルの作風の方を支持しますよ、私は!

 言ってやろうぜ! Why So Serious ?

北京閉幕 [2008年08月25日(月)]

 オリンピック会場や、選手村でのテロとかこそ起きなかったものの、オリンピック期間中に、チベットでは虐殺が続いているとダライ・ラマが会見を開き、その他の自治区でも同様のことが起こり続けた。
 ロシアとグルジアは一応の停戦をみたが、イスラエルによるイラン空爆が大会中に開始されるとの風評が飛び、現に米軍はイスラエル支援のためペルシャ湾へと船を進めた。

 IOCはこれらの事態に何らアクションを起こすでもないばかりか、取材規制問題や、各国からの判定に対する抗議も一切無視、体操選手の年齢詐称疑惑にも沈黙したままだ。

 何が平和の祭典だったのか?

 どこがひとつの世界だったのか?

 ベルリン、ミュンヘン、モスクワ、ロス以来、最も政治的な大会で、IOCが金儲けにしか興味がないことを露呈した大会であったことだけは間違いない。

 野球の五輪種目復帰問題に関してIOCの見解が発表されたが、それはもう酷いものであった。
 「メジャーリーグが選手を派遣しないので金にならない、だからメジャーが選手を出すなら考える」
 もはや開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 その野球だが、以前の回で星野ジャパンは応援する気になれないと書いた。大会も終わったことだし、その理由だけは書いておく。敗戦に関して選手を責める気は、無い。

 '88年10月19日、近鉄バファローズ(現・オリックス・バファローズ)は、川崎球場でロッテ・オリオンズ(現・千葉ロッテ・マリーンズ)とダブル・ヘッダー(一日に二試合戦うこと)を行った。

 この年、西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)とのペナント争いは熾烈を極め、一時期最大でも8ゲーム開いていたゲーム差は、近鉄が残り三試合となったところでゲーム差無しとなり、先に日程を終えた西武は、ロッテ戦の結果待ちで優勝が決まることとなった。

 近鉄側は一敗も許されず、引き分けがあっても西武の勝ちが決まってしまう展開の中、ロッテとのダブルヘッダーに臨んだのだ。

 第一試合から川崎球場は満員となり、会場に入れず溢れたファンが、近所のビルやマンションに登って観戦するという異常事態。マスコミも注目し、TVでも特番放送が組まれた。

 第一試合、一点差で負けている近鉄を救ったのは、既に引退を決めていた梨田昌孝。九回二死からの逆転タイムリーという劇的な勝利で優勝へ望みを繋ぐ。

 続く第二試合、八回まで4対3と近鉄のリード。エース阿波野秀幸を投入し、必勝の体勢に入った近鉄の前に立ちはだかったのは、首位打者のかかったロッテの高沢秀昭。
 ここで高沢に無情の一発が出て同点。近鉄ファン怒号の中、淡々とベースを回る高沢。

 引き分けでは近鉄の優勝はない。当時のパ・リーグ規定では、四時間を超える試合は引き分けとなることが決まっており、近鉄の敵はロッテよりも時間になってきた。
 九回に阿波野の二塁への牽制を巡り、ロッテの有藤道世監督(当時)が猛抗議、試合は実に九分間に渡って中断してしまう。
 試合はなんとか延長戦へともつれ込んだが、10回表の近鉄の攻撃はゼロに終わり、この時点で近鉄の優勝は消えた。

 時間切れまでは残り三分、ロッテの攻撃が三分以内に終了すればもう一回だが、物理的にはほぼ不可能、それでも10回裏の守備につかなくてはいけない。ファンはもちろんだが、選手もみんな泣いていた・・・。

 この試合は、後に“涙の10.19”として永遠に語り継がれる名勝負となった。看板番組の「ニュース・ステーション」(当時)を素っ飛ばしてまで特番放送をしたTV朝日の視聴率は、関東で30.9%、関西では46.7%、瞬間最高視聴率60%を叩きだしたのである。

 翌日はこの試合が一面のはずだった。これをプチ壊した男さえ現れなければ。
 
 近鉄と西武が優勝争いをしていたその頃、水面下で球団買収を仕掛けていたのがオリックス会長の宮内義彦。低迷する阪急ブレーブス(後のオリックス・ブルーウェーブ、現・オリックス・バファローズ)を買い取り、劇的な近鉄ダブルヘッダーの日に発表すれば誰もがオリックスの社名を覚えるだろうとの目論みを実行。
 事実、「球団を持っていれば、あのNHKまでもが連日スポーツニュース等でオリックスの名を出してくれる。それだけで球団を所有する意味がある」と、この買収発表が確信犯であったことを裏付ける発言をしているのだ。

 この、くそったれ野郎が日本の野球界に行った悪行はこれだけではない。

 2004年、突如として噴き出した球界再編問題、低迷するパ・リーグ人気の中でも最低人気のオリックスは、球団経営がお荷物となり、西武オーナー・堤義明、読売オーナー・渡辺恒雄(いずれも当時)と謀り1リーグ構想を進め、1リーグありきで近鉄との合併を発表。

 ライブドアが球団の救済に名乗り出るが、あくまで1リーグが基本であったオーナーたちによって阻まれる。最も企業としてのライブドアには政財界でも疑問符がついており、後のホリエモン騒動をみても、彼の参入を断固として阻んだのは正解だったが。

 ファンや選手会の反発を喰らい、この1リーグ構想は頓挫。それでも合併は推進されオリックスと近鉄は合併、両球団のファンを悲しませた。

 この時、選手会代表としてヤクルト・スワローズの古田敦也(当時)が、渡辺恒雄との会見を希望、それに対して「無礼な事を言うな。分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が!」と発言。渡辺恒雄の人間性が垣間見えたこの場面は、ファンの更なるヒートを買った。

 くそったれ宮内と組んで球界を思うがままに操ろうとしたCock Sucker渡辺が、実は星野ジャパンの裏で暗躍しているのだ。

 くそったれも相当だが、Cock Suckerに至っては更にタチが悪いのだ。

 パ・リーグはオリックスを除いて(当たり前だとは思うが)、地域密着型経営が成功し、人気も球団経営も上向いてきた。
 むしろ巨人人気にだけ頼ってきたセ・リーグの方が深刻で、交流戦によって巨人戦放映権の減ったセ・リーグからは、第二、第三の合併球団が出てもおかしくはない。

 巨人の人気低迷(これも当たり前だとは思うが)も深刻だ。

 96年にCock Suckerがオーナーに就任して以降、資金力に物を言わせた大型補強は、生え抜きの台頭を阻み、そのなりふり構わない姿勢は他球団のファンはおろか、巨人ファンからもそっぽを向かれつつある。

 今でこそ保守派の大物のように言われているが、元々共産党員だったCock Suckerは、自民党の大物・大野伴睦の番記者時代に保守派と親交を深め、右翼の児玉誉士夫との付き合いから、数々の事件で暗躍。また中曽根康弘の参謀として保守派を取りまとめてきたが、近年にまた共産党に鞍替えしたという変節漢。だから北京にご執心だったのかは不明だが、こんなやつ欠片も信じられん。

 Cock Suckerが巨人の視聴率テコ入れのために、星野仙一を巨人の監督に招へいしようとしたのは2005年。03年に原辰徳監督を解任、堀内恒夫を監督に就任させるが、これも不振で星野に頼った訳だが、これも内外からの批判にさらされた揚句、星野からもやんわり断られ頓挫。

 現在の第二次・原政権が不振に終わった場合、再び星野に監督要請をするべく、その実績作りとして選ばれた場が星野ジャパンだった。連日、日本テレビのニュース番組で、巨人戦以上の枠を取り、星野ジャパンを取り上げてきた理由がこれで解っていただけるだろうか?

 結果が残せなかった星野ジャパンだが、Cock Suckerとくそったれは次なる手を打ってくるはず。この二人、いまだ1リーグ構想を諦めてはいない。

 一部マスコミ(テレビでは絶対出ない内容だが)は、Cock Suckerとくそったれがジャイアンツを中心とした一部人気球団でメジャー・リーグ極東地区として加盟申請、その際の放映権料を独占しようと企んでいると指摘する。

 その第一歩がWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、オリンピック終了後、早々と星野の監督就任が発表されるという手回しの良さ。

 彼らの影がチラつく限り、野球ファンとしては素直に日本代表を応援出来ないというジレンマは続くのである。

鉄腕投手 [2008年08月22日(金)]

 昭和三十三年、西鉄ライオンズ(埼玉西武ライオンズの前身)は、日本シリーズで宿敵・読売ジャイアンツと対戦。第一戦から第三戦までを落としたが、絶対に負けられない第四戦、エース・稲尾和久の登板で勝利すると、そのまま波に乗り四連勝で逆転優勝。

 この試合が今に至るまで語り継がれているのは理由がある。

 第一戦、第三戦にも登板し、ジャイアンツに苦杯を嘗めた稲尾は、四戦以降、第七戦までひとりで投げ抜き、西鉄ライオンズに奇跡の優勝をもたらしたのである。
 十日間で六試合に登板、投球回数は実に四十七回、投球数五百七十八球は、日本野球史はおろか、世界の野球史に残る、空前絶後の大記録だ。

 「神様、仏様、稲尾様」とは、その時の西鉄ファンが残した言葉だが、全ての野球ファンが、この偉大なる投手に対し、敬愛の念を込めて“鉄腕”と呼んだ。

 時は平成の世に移り、もうひとりの“鉄腕”が誕生した。

 北京オリンピック、日本女子ソフトボール・チームのエース・上野由岐子選手その人だ。

 日本チームは毎回金メダルを期待されながら四位、銀、銅と常にあと一歩のところで優勝を逃し、シドニーでは全勝で決勝に進みながらも、ページシステム(三位決定戦を勝ち上がったチームと決勝を争う)をクリアしてきたアメリカに敗れた。
 アテネではエース・上野がオリンピック史上初の完全試合も達成したが、チームは銅メダルと涙を飲んだ。
 
 今大会以降、ソフトボールは競技種目から外れる、これが最後のチャンスだった。

 予選二位の日本は、初戦に負けたアメリカと準決勝で対戦。ここでもアメリカに敗れ、ダブルヘッダーでオーストラリアと三位決定戦を迎える。死闘と呼ぶにふさわしい戦いは、延長の末に日本が勝利、これでページシステムにより決勝へと進む。

 上野はこの二試合を投げ抜き、決勝のアメリカ戦でも先発完投。日本はついに念願の金メダルを獲得した。優勝の立役者である上野は、三試合連続登板、投球回数二十八回、投球数四百十三球という大活躍で、日本ソフト悲願の金メダルに大きく貢献した。
 
 稲尾の快投からちょうど五十年、日本球界は、二人目の“鉄腕”を歴史に刻んだ。

中間総括 [2008年08月18日(月)]

 塚田真希選手は宿敵・[イ冬]文選手に敗れて銀メダルだったとはいえ、決勝の試合は今大会屈指の名勝負だった。特に塚田選手が負傷したという寝技の攻防は見ごたえ抜群で、塚田の抑え込みを腋固めで切り返す[イ冬]文は、あの巨体からは信じられない体の柔らかさだった。
 あそこで勝機を逸したように思うが、果敢に攻め続けた塚田選手の姿は、結果として一本負けだったにせよ、観る者の胸を打つ素晴らしい戦いぶりだった。試合後は泣いて悔しさを顕わにしていたが、胸を張っていい銀メダルです。

 石井慧選手も見事に金メダルで、男子柔道は正しく土壇場で踏みとどまった感はある。これで男女ともに金二つ(他に女子は銀1、銅2)ずつ、帳尻だけは何とか合った。
 アテネ(金8、銀2)よりは悪い結果になるだろうとの予想通りとなってしまったが、石井選手や中村選手など、若い世代は総合柔道に対応出来ていたのが今後への期待を持たせてくれるか。

 石井選手は全日本の王者だが、国内では低い評価を下す向きもあった。彼は積極的にレスリングにも出稽古にも行き、ブラジリアン柔術も茶帯を修得しており、負けを許さない国士舘スタイルの柔道であるため、ともすればポイント柔道とも揶揄されていたからだ。
 だが実際にはこのスタイルでなければ、ルールが著しく改正されない限り、今後の日本選手は海外では戦えないのではないか?

 レスリングも柔道と同じく女高男低という結果で、男子代表の笹本選手、松本選手はともに予選敗退。
 女子は吉田沙保理選手が金、伊調千春選手が銀、伊調馨選手が金、浜口京子選手が銅メダルと、アテネ大会と同じ結果に。

 結果は同じだったとはいえ、各選手とも内容はかなりの苦戦を強いられていた。日本の女子レスリングは、競技自体に早くから取り組んでいたため、各国選手との間に差があったのだが、これで随分と縮まったことが判る。

 それにしても浜口選手を破って決勝進出、金メダルを獲得とした王嬌選手は強かったでかね!あの浜口選手が、力で返されてのフォール負けですから。
 世界の徹底マークの中、世界大会では常に誤審に泣かされてきた浜口選手ですが、屈辱の敗戦にも気落ちすることなく、素晴らしい内容の試合で獲得した銅メダルは、結果こそアテネと同じでも、価値ある銅メダルだと思います。

 競泳陣のがんばりも特筆すべきものでした。

 絶対に金を期待されている中での北島選手、100m平泳ぎ決勝での涙に、今大会における彼のプレッシャーが集約されていた。水泳最終種目となった男子4x100mメドレーリレー、最後まで世界と競い合っての銅メダルは日本競泳陣全体に対するご褒美だった。

 中国がいる以上、表演競技で金は無いと思っていましたが、それでも体操は男女ともよくがんばりましたよ。今日からシンクロ、新体操などが始まりますが、中国絶対有利の中、日本選手団の活躍を見守りたいです。

 なでしこに比べてサッカー男子は・・・・。ワールドカップもそうだったんだけど、日本は世界と争う実力は無い三流チームであるという事実に、ファンもマスコミもまず目を向けないと。その上でどうすべきかを論じあうのが筋で、いたずらに“○○ジャパン”と煽るのはもう止めにして欲しい。

 釜本とラモスが別々の媒体にそれぞれ書いていましたが、Jリーグ発足以降、日本サッカー界はFWを育ててこなかった。それは少年サッカーに至るまで徹底されているのだと。
 これはどうしてかというと、優秀なFWが一人で活躍して目立つことを全ての指導者が嫌うんだそうです。パス回しで面を上げて、ゴール前のどさくさで得点した場合、指導者の戦術といって褒められるが、得点力のあるFWひとりに活躍されてはそうもいかない。おまけに負けた場合は指導者が真っ先に首を斬られるでは、FWを育てる気にならないと釜本たちは言っているんですよね。

 これが本当ならサッカーの未来は果てしなく暗いですよ。

 今現在、星野ジャパンはカナダと試合中でして、今日落としてしまうと決勝進出が難しくなるんですな。実は今回の星野ジャパンは色々な理由(野球の日程が終了したら書きます)で応援する気が薄いのですが、野球好きとしてはやはり、出ている以上勝って欲しい!
 私は30年来のヤクルト・スワローズ・ファンなんですが、今のチーム状態で、チームNo.1打者の青木選手と、チームのまとめ役にして守備の要である宮本選手を持っていかれているんですよ。

 各チームのファンも同じような気持ちを抱いているでしょうが、代表選手が発表された時に、楽天ゴールデン・イーグルスの野村監督が言った「これだけ連れて行くんなら金は獲って貰わんと・・・」っていうのが、全ての野球ファンの本音です。

 

男子壊滅 [2008年08月15日(金)]

 鈴木桂治も負けた。

 全ての選手が谷本選手のように勝つことが柔道の理想ではある。だが、現実はどんどん総合柔道の方向に流れており、内柴選手のようにグレイシー柔術へ出稽古に出向く選手だけが世界で生き残っていくようになるだろう。

 金メダルを獲得したモンゴルのナイタン・ツブシンヤバル選手の試合は、まるでレスリングであったが、柔道がオリンピック種目として、「武道」ではなく「競技」の道を選択した時から、競技の中で最善の勝ちを目指す方向性が生まれるのは仕方がないことなのだ。相手が柔道をやらないから・・・は言い訳でしかない。

 武道としての道を選択して、オリンピック競技としての参加申請を行わない剣道のような選択肢もあるにはあったが、もはや競技化された柔道において、それは望むべくも無いではないか。

 ナイタンは最初からタックル(諸手刈りや朽木倒しとは呼びたくない)だけを狙っていた。鈴木もそれは判っていたろうが、最後の一本を決めたタックルだけは、フェイントだった。いや、フェイントのタックルを決めるための布石を打ってタックルを仕掛けていたというべきか。
 VTRで確認して欲しい。最後のタックルに行く瞬間、ナイタンは一瞬背筋を伸ばし鈴木の目を見る、これに釣られて鈴木も背筋を伸ばして組む反応をしてしまう。
 これは打撃系の格闘技でいう目のフェイントってやつ。実際に蹴る方向と違う方を一瞬見ることで、意識を散らしてしまう高度なフェイント技。

 今回の惨敗は、日本男子柔道の、総合柔道への軽視がこの結果を生んだのは間違いない。

 中間距離の間合いから、組まないで戦う選手がいるなら、当然、打撃系格闘技のような、目のフェイントも含む仕掛けもあるのが総合柔道ということだ。
 
 今日、石井慧選手が金メダルを取ってもチャラには出来ないが、せめて将来に期待の出来る柔道を見せて欲しい。

 明るい話題で締めくくろう。
 
 上野雅恵選手も、谷本選手同様怪我を乗り越えて復活、見事に金メダルを獲得。彼女が怪我で出場出来なかったシーズンは、柔道一家の家族が対戦相手のデータを収集してサポート。父の経営する町道場出身からオリンピック二大会連覇は、素晴らしい偉業である。おめでとう!

日本柔道 [2008年08月13日(水)]

 「一本を取る柔道を教えられた、私はそれを貫いた」

 アテネに続いて、オール一本勝ちで金メダルを獲得した谷本歩美選手は、試合後のインタヴューで誇らしげに語った。

 決勝の相手は因縁のルーシー・デコス(仏)。ジュニア時代からの谷本のライバルで、01年の福岡国際で勝って以降、谷本はデコスに負け続けた。アテネではデコスが先に負けたため対戦は無かったが、ドイツ国際、世界柔道、ワールドカップと、ことごとく勝てなかったのである。

 福岡ではポイント勝ちだった。

 試合後、そのデコスに「一本を狙いに来い」と叱咤される。谷本の一本を狙う柔道はこの時から始まったのだ。
 
 デコスだけではなかった。今回、谷本が対戦した相手(孔慈英、ゴンザレス)は、いずれも過去に谷本が敗れた相手。彼女はその全てに、一本を取る柔道で勝ちを収めたのである。

 デコスとの対戦は今回がラストチャンスになるかもしれない・・・。次回大会からは階級を上げてくるだろうと言われているデコスには、どうしてもリベンジしておく必要があった。

 攻め合うことが信条の二人の戦いは、デコスが大内刈りを仕掛け、それを谷本が内股で返すことで決着がついた。

 「日本の柔道は一本を取る柔道だから・・・、将来柔道を始める子どもたちにも一本を取る柔道を目指して欲しい」

 総合柔道に屈することなく、柔の道を全うした谷本は、柔道における“強さ”とは何かを、身をもって後進に示したのだ。

 「一本を取る柔道」

 それは、非常に美しい柔道であった。

 願わくば、この美しい柔道が世界のスタンダードと成らんことを!

総合柔道 [2008年08月11日(月)]

 タイトルにした“総合柔道”という言葉、こんな言葉はありません。私の造語なんです。・・・なんですが、今の柔道はもはや“総合柔道”という言葉でしか表わせなくなっているものになっています。

 アテネでの日本柔道の強さは、柔道本来の組む強さによる柔道でした。

 アテネ以前、海外の柔道選手がしっかり組まずに、掛け捨てでポイントを取ることに対して処置がなされたもので、組まない選手や、かつてはポイントになっていた掛け捨てに指導を与えることで、組まないと負けるという状態を作っていた訳です。

 これが日本本来の柔道の強さを引き出すことに繋がり、金8、銀2という結果を生みました。金メダルなんてアテネ大会全体で獲得の半分が柔道ですから、いかに柔道が強かったか解る訳です。
 
 こんなに勝ったら海外の選手は当然研究をしてきますよ。アテネ(04)直前の03年に行われた世界大会の日本人優勝者は6人、それがアテネ以後、05年、07年には3人に減るのです。
 05年から海外選手が持ち込んだのがレスリング技。レスリングのタックルや飛行機投げをベースにした、中間間合いから組まずに低く潜り込んでくる投げ技に、日本人選手はコロコロ転がされたことを、当時ウチの掲示板でも指摘しましたよね。

 そもそも海外選手は、サンボ、レスリングからの転向組が多く、本来の柔道技にはない間合いやタイミングで技を仕掛ける変則選手は多かったのですが、05年世界大会での、対日本の成果を受けて各国の選手が積極的に柔道以外の技を取り入れるようになってきました。
 今年の北京を観ていても、柔術のような引き込みから関節技を仕掛けたり、サンボの動きでひっくり返したり、レスリングのタックルからグラウンドに持ち込んでのポジショニング取りの動きなどがみて取れます。

 こうなってくるとこれはもう柔道ではなく、“総合柔道”という言葉で表す以外無い、完全な別物でしょう。打撃と足関節が無いだけで、立ち技から始まる“総合柔道”という別の競技。

 日本選手及び関係者が、これをどのように捉えて対策を練っているのかはしれませんが、オリンピック選考会での各代表の動きを見る限り、現状ではあまり出来ているとは言い難い。
 将来に渡っての禍根ともなるこの事態を静観しているとも思えないので、若い世代にはそれなりの指導をしていると信じたいのですが、柔道本来の姿を消滅させてでも勝つ方を選択していくのか?、それとも、たとえ世界大会で勝てなくても“柔の道”を守るのか?重大な岐路に立たされているのですよ。

 そんな中で、昨日は内柴正人選手が見事に金メダルを獲得、中村美里選手も銅メダルと健闘をみせました。
 実はこの二人には共通することがあるんですが、皆さん判りますかね?

 それは、“総合柔道”に対応が出来ている選手ということです。

 中村選手は足技を得意としていますが、バランスを崩した相手をグラウンドに引きずり込むタイミングが抜群で、その後の寝技にも多彩なものがありますし、内柴選手の寝技の強さはかねてより定評のあるところです。金を獲った試合も寝技による一本だったでしょ!

 寝技が強いだけでは現代の“総合柔道”には対応できないんですが、日本選手の投げを切り返したり、タックルでバランスを失った後の攻防がその後の展開を大きく左右する以上、寝技が強いことに越したことはないのです。
 その上で、レスリングやサンボなどの動きにも対応できる反射神経がこれからの柔道に求められているのですが、内柴選手も中村選手も、この点に非常に強かったのですよ。

 だから昨日の試合は安定しいて、二人ともメダルへの道が見えていたんですね。

 本音を言えばアテネのような勝ち方で勝ってくれた方が、日本人としてはうれしいことは言うまでもないのでしょうけど、現状ではこの二人のような戦い方以外に道はないような気もします。

 さて、今日登場の佐藤愛子選手と金丸雄介選手はどんな戦い方をみせるのでしょうか?

五輪開幕 [2008年08月10日(日)]

 グルジアでは全面戦争が始まり、北京市内では米男子バレーの関係者が刺殺され(原因不明、犯人の中国人は自殺)、オリンピック・メインスタジアムである通称・鳥の巣が、世界貿易センタービルの廃材を使って作られているという驚愕の事実の中、ついに北京オリンピックが開幕されました。

 ミュンヘン・オリンピックのような事態だけにはならないことを祈りつつではありますが、今回は“平和の祭典”とは何かを考える絶好の大会ではないでしょうか?

 開幕式はご覧になりました?

 日本もそうですが、パキスタンなど、中国との関係が政治的に微妙な国のほとんどが入場時に自国と中国の国旗の両方を持っていたことがまず目を引きます。他の国はもちろん自国の国旗だけですから、こんなところにも政治の影が落ちている訳です。
 “平和の祭典”の歴史は、ベルリン大会や、モスクワ、ロスなどを振り返って見ても強国の思惑に随分と左右されるものでしたよね。日本なんか、現在の福田政権は随分と親中派政権なんですよ。それでも日本の国旗だけで入場することは認められない(憚った?)のですよ。残念ですね。

 大会そのものに話を移しましょう。

 私はアテネ大会の総括(旧掲示板のどこかにあります)で、今回の日本勢は苦戦するだろうと書きました。それはロスの後のソウル大会を彷彿とさせるだろうとも・・・。

 ロス大会の日本は金10・銀8・銅14(メダル獲得数32)という成績で、東京大会以来のメダルラッシュでした。ところが次のソウル大会は大惨敗で、金4・銀3・銅7(メダル獲得数14)で、特に柔道勢の惨敗は惨憺たる結果に終わったもので、金は斎藤仁の重量級ひとつだけだったのです。
 反日感情の強いところですから、微妙な判定はほとんど取ってくれないだろうと覚悟はしていましたが、それでも相当に厳しかったのです。

 前回のアテネが金16・銀9・銅12(メダル獲得数37)という大躍進を受けて、日本選手団には大きく期待が掛るところでしょうけど、開催国は中国なのですよ!今日の初日での柔道を観る限り、判定や採点の絡む競技では悔しい思いをすることは確実でしょうね。それでも選手達は精一杯戦うでしょうから、メダルに関わらず応援してあげたいものです。

 金メダルが期待されていた谷亮子選手、残念ながら銅メダルに終わってしまいましたが、出産後の復帰戦以降、確実に以前のキレは欠けていましたから、立派な成績ではないでしょうか。準決勝で負けた相手が金メダルですし。

 思えば谷亮子選手ほど難しい立場で試合を続けた選手もいないでしょう。柔道女子48kg以下級は、オリンピック全種目の中でも最初の方に始まる競技です。谷選手が金を取るのと取らないのとでは、日本選手団に与える影響が格段に違います。誰かが最初に金を取ってくれれば、後に登場する選手に掛るプレッシャーも軽減されるのですから、本人の勝利に掛ける重圧に加え、柔道の伝統というものもあります、更には日本国民の期待と、日本選手団の希望を背負って戦っているのですから大変ですよ。

 そんな状態で戦い続けた選手は、日本選手の中では恐らく彼女だけでしょうね。
 そんな中、谷選手はバルセロナ以降北京まで五大会に出場し続け、バルセロナ、アトランタで銀、シドニー、アテネで金、そして今大会で銅メダルを獲得。その間、出産時を除けば93年から07年まで世界選手権に出場、大会7連覇(男女を通じて世界記録)を達成しているのですから、それはもう空前絶後の大活躍だったといってもいいでしょう。今後はどうするのかはわかりませんが、まずはお疲れ様と言いたいです。

 サッカーやバレーなど、いくつかの球技も予選が始まっていますが、野球は今大会が最後となります。実は私はオリンピック種目として集団でやる球技には反対派なんですよね。
 特にサッカーや野球なんて、他に陽の目を見る場所がいっぱいあるじゃないですか。つまり頂点がひとつじゃないんですよ。まだまだバレーとかハンドボールなどは頂点が少ないですから、オリンピック種目でもいいかと思いますが、野球とサッカーはもう外すのに賛成です。私は野球ファンですけど、そう思いますよ。

 それでも種目に残せという人もいるでしょうけど、じゃあ何でラグビーはオリンピック種目じゃないんです?(100年前には種目だった。外れたのには諸説ある) 大会開幕前から予選をやらなければ消化できないような球技はなくてもいいように思いますがねぇ・・・。

 ラグビーのようにかつてはオリンピック種目だったが現在は無くなってしまったものの中には、面白いものがあるんですよ。
 狩猟やフィッシング、短剣によるフェンシングや、ピストルでの決闘というユニークなものから、綱引きや棒登りなどの運動会レベルのものありました。古代まで目を向ければ戦車レースなんてのもありますな。
 ゴルフや陸上女子3000m、立ち幅跳びなど、外れた理由が分からないものも多く、競技人口は多いのに一度も正式種目になったことのないアームレスリングなんていまだに競技種目として採用されないのが不思議です。

 野球やサッカーなんて日程もかかるし、世界で陽の目を浴びることの多い種目は外して、もっと個人のアスリートに活躍の場を与える大会であって欲しいものです。
 
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