『ウルトラマンメビウス』36話 [2006年12月18日(月)]
2006年12月16日(土)
TBS系列
午後5時30分より30分間
サイコキノ星人が、中学生くらいの少年少女の姿を
しているというのが、このエピソードのキモなのだろうと思った。
周囲の「悪意」を敏感に察知する年代。
その悪意に失望感を抱き、自らも悪意に染まってしまうことの
悲しさ、むなしさ、危うさを
「帰る場所の無い=新しい場所で暮らす」ということに伴う“悪意”に
さらされて歪んでしまったサイコキノ星人に重ねて、
メッセージとしているのだと思う。
今回はミライもまた信じたけれど裏切られる体験をする。
サコミズ隊長は、そんなミライにかつてエースが
サイモン星人の子供を信じて裏切られた少年たちに向けて
残した言葉を送る。
「優しさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、互いに助け合い、
どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。
例えその気持ちが何百回裏切られようと。」
この言葉は、たとえば即命を奪われてしまうような今の世の中では、
危険な言葉とも取れてしまうが、それでも大切な言葉なのだと思う。
何百回裏切らている間に、全財産どころか命まで取られちゃうよという
ツッコミは、今回はしない。
このエースの言葉を、全人類が実践できたら、
そういうことはなくなる筈なのだから。
サイコキノ星人の姿を中学生くらいに設定したもうひとつの理由は、
「大事なことに気づいてやり直せる」という希望を感じさせるため
かも知れない。
ラストでは、ミライと関わったサイコキノ星人・カコが、
「私たちのチカラ、別なことに使えないかな」と、ミライの言葉を呟く。
そしてカコは「ありがとう」という
魔法の言葉を携えて、新しい旅に出る。
「チカラ」は彼らの超能力であるが、現実の子供たちの
「可能性というチカラ」のことを指していると解釈してもいいのではないだろうか。
超能力という題材は、「自分たちと違うもの」を排除する差別意識を
表現するために用いられる場合が多いが、
「宇宙人」というだけで「違うもの」は表現されているので、
やはり、子供たちが持つ可能性というチカラを、超能力に
置き換えているのだと思う。
超能力なんかなくたって、たとえば物を右から左へ運ぶことだって、
「物を奪う」行為にも「取り戻す」行為にもなる。
「取り戻す」や「与える」という行為の方が、優しくていい。
今回のエピソードは、ともすると一連のエピソードからは独立した感じが
あるけれど、最後になって重要なことがわかるようになっていた。
少しづつ何かがわかっていく作りは、物語がちゃんと動いているのが
わかっていい感じがする。
次回はウルトラの父が登場する。
予告での男性の言葉に共感した。
「同じだあ!子供のときに見たのと」
それ、いいなあ。
TBS系列
午後5時30分より30分間
サイコキノ星人が、中学生くらいの少年少女の姿を
しているというのが、このエピソードのキモなのだろうと思った。
周囲の「悪意」を敏感に察知する年代。
その悪意に失望感を抱き、自らも悪意に染まってしまうことの
悲しさ、むなしさ、危うさを
「帰る場所の無い=新しい場所で暮らす」ということに伴う“悪意”に
さらされて歪んでしまったサイコキノ星人に重ねて、
メッセージとしているのだと思う。
今回はミライもまた信じたけれど裏切られる体験をする。
サコミズ隊長は、そんなミライにかつてエースが
サイモン星人の子供を信じて裏切られた少年たちに向けて
残した言葉を送る。
「優しさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、互いに助け合い、
どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。
例えその気持ちが何百回裏切られようと。」
この言葉は、たとえば即命を奪われてしまうような今の世の中では、
危険な言葉とも取れてしまうが、それでも大切な言葉なのだと思う。
何百回裏切らている間に、全財産どころか命まで取られちゃうよという
ツッコミは、今回はしない。
このエースの言葉を、全人類が実践できたら、
そういうことはなくなる筈なのだから。
サイコキノ星人の姿を中学生くらいに設定したもうひとつの理由は、
「大事なことに気づいてやり直せる」という希望を感じさせるため
かも知れない。
ラストでは、ミライと関わったサイコキノ星人・カコが、
「私たちのチカラ、別なことに使えないかな」と、ミライの言葉を呟く。
そしてカコは「ありがとう」という
魔法の言葉を携えて、新しい旅に出る。
「チカラ」は彼らの超能力であるが、現実の子供たちの
「可能性というチカラ」のことを指していると解釈してもいいのではないだろうか。
超能力という題材は、「自分たちと違うもの」を排除する差別意識を
表現するために用いられる場合が多いが、
「宇宙人」というだけで「違うもの」は表現されているので、
やはり、子供たちが持つ可能性というチカラを、超能力に
置き換えているのだと思う。
超能力なんかなくたって、たとえば物を右から左へ運ぶことだって、
「物を奪う」行為にも「取り戻す」行為にもなる。
「取り戻す」や「与える」という行為の方が、優しくていい。
今回のエピソードは、ともすると一連のエピソードからは独立した感じが
あるけれど、最後になって重要なことがわかるようになっていた。
少しづつ何かがわかっていく作りは、物語がちゃんと動いているのが
わかっていい感じがする。
次回はウルトラの父が登場する。
予告での男性の言葉に共感した。
「同じだあ!子供のときに見たのと」
それ、いいなあ。
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