劇場版「機動戦士Zガンダム」 [2006年03月10日(金)]
劇場版「機動戦士ZガンダムV 星の鼓動は愛」を見に行きました。
Zガンダム3部作、劇場に3度足を運んだ事ですし
まとめて感想なんか…。
全3部作共通で私個人が感じた事は、
劇場作品として公開するのであれば、
構成をもっとわかりやすく練り直して欲しかった。
TVシリーズ終了から随分たっているので
よほどのZガンダムファンでないかぎり
いや、たとえ当時、Zガンダムファンであっても
ストーリを細かく把握して見に行った人はいないでしょう。
となれば、映画単体として見に行ける作品にしなければ
劇場に足を運んで見に来てくれた観客に楽しんでもらえなければ
劇場作品としては完成度は低くならざるをえないのではないでしょうか?
「T星を継ぐもの」「U恋人たち」、
そりゃ〜も〜誰が見てもブツブツに切られたお話の展開。
繋がらない前後のシーンの、なんと目立つ事か!?
TVシリーズの再編集の意識が強すぎたせいなのでしょうか?
否、それでもファーストガンダムの劇場3部作は
それぞれ映画単体としても理解できるストーリーの展開だった。
よき前例があっただけに、今作品のストーリーの構成は残念。
上映時間の差はあるにしても、
(ファースト3部作は2時間半以上あったが、Zは1時間40分くらい?)
そんなリスクは作品を作るうえで最初から解っていたはずなのだから
切るべきものはもっと切ってもよかったし、
残すべき柱をもっと明確にして構成していく。
「新訳」などと宣言するのであれば、
劇場版「Zガンダム」単体の映画としてつくる。
TVシリーズの再編集版の意識をすてる。
極論ですが絵も全編作り直す。
それくらいしなければ、
今回成功しなかったのではないでしょうか?
私が「V 星の鼓動は愛」は、
「T」「U」よりまだ好感がもてたのは
1作品としてのお話の展開の構成のためだけだったかもしれません。

あと、劇場用作品というのは、
楽むために足を運んで見に来る観客に対して
もっと親切であるべきだと思う。
ガンダムのように、ファンでなければわからない固有名詞が
セリフの中で頻繁に出てくるような作品ならば、
耳による情報もさることながら、目に見える情報、
つまり登場人物が画面に映れば、名前や所属をテロップで出す。
モビルスーツや戦艦、場所も同じく出すテロップを付ける。
目で入る情報は、難しい作品をもっと理解できる最善の方法のはずです。
(テロップで情報をうまく使った例は「銀河英雄伝説」だと思う。
初めて映像化作品「我が行くは星の大海」での、
見ている一般人にむけての説明不足が
後のビデオ作品ではわかりやすく構成された
いい成功例ではないでしょうか?)
ファンの人だけが理解できれば良いと言うのであれば、
劇場公開はしなければいいと思います。
ファンなら自宅でゆっくり楽しめるDVDを買ってくれます。
劇場で公開する以上、見に来てくれた誰もが楽しめる映画。
それでなくては劇場に見に行く価値は薄れると思うのですがどうでしょう?

ガンダムは日本が世界に誇れるソフトだと思います。
ならば、初めて見た人でも楽しめる作品にして欲しい。
せっかくの劇場版。
そんことが一番残念だと思った今回の感想です。
宣伝にもなっている「問題のラスト」ですが、
「タッチ」を思い起こさせました。
「タッチ」も漫画、TVアニメ、そして劇場版アニメとあって、
とくに「背番号のないエース」はラストがまったくのオリジナル。
でも劇場版としてちゃんとお話が独立していますし、
物語の展開にも無理がありません。
また当時、誰もが想像したシーンを映像化されたので
結果、好印象の方が多かったと記憶しています。
それと同じような印象を、今回の「V」のラストは受けました。
だからこそ!!
…1本の劇場作品のZガンダムとして、
楽しめるものに作って欲しかったです。
追加で、どうしても…。
全編通じても、
シャア(クワトロ)が演説した「ダカールの日」が
なぜカットされていたのかが解らない??
あの演説が物語の転機で重要なシーンだと思っていたのだけど…??
Zガンダム3部作、劇場に3度足を運んだ事ですし
まとめて感想なんか…。

全3部作共通で私個人が感じた事は、
劇場作品として公開するのであれば、
構成をもっとわかりやすく練り直して欲しかった。
TVシリーズ終了から随分たっているので
よほどのZガンダムファンでないかぎり
いや、たとえ当時、Zガンダムファンであっても
ストーリを細かく把握して見に行った人はいないでしょう。
となれば、映画単体として見に行ける作品にしなければ
劇場に足を運んで見に来てくれた観客に楽しんでもらえなければ
劇場作品としては完成度は低くならざるをえないのではないでしょうか?
「T星を継ぐもの」「U恋人たち」、
そりゃ〜も〜誰が見てもブツブツに切られたお話の展開。
繋がらない前後のシーンの、なんと目立つ事か!?
TVシリーズの再編集の意識が強すぎたせいなのでしょうか?
否、それでもファーストガンダムの劇場3部作は
それぞれ映画単体としても理解できるストーリーの展開だった。
よき前例があっただけに、今作品のストーリーの構成は残念。
上映時間の差はあるにしても、
(ファースト3部作は2時間半以上あったが、Zは1時間40分くらい?)
そんなリスクは作品を作るうえで最初から解っていたはずなのだから
切るべきものはもっと切ってもよかったし、
残すべき柱をもっと明確にして構成していく。
「新訳」などと宣言するのであれば、
劇場版「Zガンダム」単体の映画としてつくる。
TVシリーズの再編集版の意識をすてる。
極論ですが絵も全編作り直す。
それくらいしなければ、
今回成功しなかったのではないでしょうか?
私が「V 星の鼓動は愛」は、
「T」「U」よりまだ好感がもてたのは
1作品としてのお話の展開の構成のためだけだったかもしれません。

あと、劇場用作品というのは、
楽むために足を運んで見に来る観客に対して
もっと親切であるべきだと思う。
ガンダムのように、ファンでなければわからない固有名詞が
セリフの中で頻繁に出てくるような作品ならば、
耳による情報もさることながら、目に見える情報、
つまり登場人物が画面に映れば、名前や所属をテロップで出す。
モビルスーツや戦艦、場所も同じく出すテロップを付ける。
目で入る情報は、難しい作品をもっと理解できる最善の方法のはずです。
(テロップで情報をうまく使った例は「銀河英雄伝説」だと思う。
初めて映像化作品「我が行くは星の大海」での、
見ている一般人にむけての説明不足が
後のビデオ作品ではわかりやすく構成された
いい成功例ではないでしょうか?)
ファンの人だけが理解できれば良いと言うのであれば、
劇場公開はしなければいいと思います。
ファンなら自宅でゆっくり楽しめるDVDを買ってくれます。
劇場で公開する以上、見に来てくれた誰もが楽しめる映画。
それでなくては劇場に見に行く価値は薄れると思うのですがどうでしょう?

ガンダムは日本が世界に誇れるソフトだと思います。
ならば、初めて見た人でも楽しめる作品にして欲しい。
せっかくの劇場版。
そんことが一番残念だと思った今回の感想です。
宣伝にもなっている「問題のラスト」ですが、
「タッチ」を思い起こさせました。
「タッチ」も漫画、TVアニメ、そして劇場版アニメとあって、
とくに「背番号のないエース」はラストがまったくのオリジナル。
でも劇場版としてちゃんとお話が独立していますし、
物語の展開にも無理がありません。
また当時、誰もが想像したシーンを映像化されたので
結果、好印象の方が多かったと記憶しています。
それと同じような印象を、今回の「V」のラストは受けました。
だからこそ!!
…1本の劇場作品のZガンダムとして、
楽しめるものに作って欲しかったです。
追加で、どうしても…。
全編通じても、
シャア(クワトロ)が演説した「ダカールの日」が
なぜカットされていたのかが解らない??
あの演説が物語の転機で重要なシーンだと思っていたのだけど…??











