「ワールド・トレード・センター」 [2006年10月05日(木)]
試写会で見てきました。
「ワールド・トレード・センター」です。

あの9・11、同時多発テロで崩壊した、
ワールド・トレード・センタービルに取り残された港湾局警察官が、
ガレキの中から助け出された実話の映画化だそうです。
いやはや、当時のニュース映像かと思うくらい、
現場を再現したこの映画の映像は、
迫力があって恐怖すら感じてしまいます。
世界中で衝撃を与えた“ビルに突っ込む旅客機”は、
さすがにこの映画の中で映像は出てきません。
その辺りは、配慮されているようです。
映画は、ガレキに埋もれた主人公二人が中心です。
ですのでしかたないとはいえ、
全体的に映像に動きが寂しいです。
もちろん、無事を信じて待つ彼らの家族や、
助け出す人間の物語も平行して進んでいきますが、
展開はジワジワ語られていく映画になっています。
その中でテーマ性はいろいろ見出す事はできます。
“絶対に諦めない”
全体のテーマとしては、コレですかね。
ただどうしても題材が題材だけに、
私には豪華なTVの再現ドラマにしか見えなかったです。
もちろん映画としての迫力はありますが、
この(実話)ドラマを映画化して、
世界に発信する意味合いってなんなんでしょう?
TVの再現ドラマだと、
アメリカに住んでいる人しか見ないですものね。
映画だと、(特にアメリカ映画は)世界中に上映される。
そんなこと考えたら、この映画が製作された根底にある
意味合いにぞっとするものすら感じてしまいます。
あくまでも彼らアメリカ人は
悲劇の犠牲者でなければならないのでしょう。
それも軍人ではなく、大勢の罪もない一般人が、
数え切れないくらい多くの家族が、
同じような悲劇にあったのだということを。
世界の警察という名の下に、
軍隊を世界中に送り出し戦争状態を作り出して、
なおかつ現地の一般住民たちに
多くの被害を出している米国がです。
自分達がしてきた事を棚に上げて、
さも自分達だけが被害者みたいな作り方。
“この日を忘れるな”的な考えを
未だにしている精神構造。
(“リメンバー・パール・ハーバー”と一緒)
私達は犠牲者なんだ!
だから世界中のテロリストを攻撃するのだ!
みたいな訳解らん論表で
アチコチ圧倒的戦力で攻撃する米国。
彼らのおかげで、
どれだけの一般地元住民の犠牲がでているのか?
それらを無視してこの映画は作られたようにしか見えない。
まあそもそもアメリカは、
「西部劇」やら「開拓史」という映画をつくって、
地元住民であるインディアンから、
(今ではネイティブアメリカンというらしいが)
彼らの土地を略奪し、資源を奪い、
殺してきた侵略の歴史を、
インディアンを略奪の悪者にして、
悪者の彼らを銃撃戦でバンバン撃ち殺していく、 そんな娯楽作品を作ってきたお国柄。
自分達がしてきたことを棚に上げて、
米国を美化しようとするのはあたりまえのことなのかも。
…と、そんな裏読みばかりして、
この映画を見てしまう私はかなりひねくれ者でしょうね。
「アカデミー賞最有力候補」らしいですが、
こんな映画(失礼)が賞を取るようなら、
アカデミー賞もそれくらいなもんだという証拠でしょうか。
豪華なTVの再現ドラマくらいの気持ちで
この映画を冷静に鑑賞すると、
その本質が見えてくると思いますよ。
ま、それも私の考えすぎかもしれませんです。
主演のニコラス・ケイジさん。
今まで演じてきたどんな映画の主人公よりも、
この映画の港湾局警察官ジョン・マクローリンは、
地味な感じがメチャはまっていると思いました。
と、ひねくれた感想ばかりの私でしたが、
ブログ村 映画ブログのランキングの
いろいろな方々の感想も見てみてくださいね。
もっとちゃんとした映画の感想を
述べてくれていると思いますので…(^^;








