「硫黄島からの手紙」 [2006年12月08日(金)]
先週試写会で見てきました。
「硫黄島からの手紙」

「父親たちの星条旗」に続く、
クリント・イーストウッド監督、硫黄島2部作の第二弾です。

どうしても「父親たちの星条旗」と比べてしまうのですが、
「父親…」が記録映画を見ているようなドキュメント映画、
と感じたのに対して、
「…手紙」は事実を元にした映画という印象をうけました。
このあたり、
きっと残されている資料が
圧倒的に日本軍側の方が少ないために、
多くの脚色が作り上げられているからだと思いました。
それがダメだというのではなく、
きっとそうだったのであろうという想像はできるので、
苦になる事はなく見れたと思います。
実際、栗林中将の話やバロン西の逸話などは、
高校生時代、歴史の先生から聞いたことがあったので、
実際どういった人物だったのだろうかと
興味深く観賞していました。

「天皇陛下、万歳!」や、
「靖国で会おう」というセリフが劇中に登場します。
私はこのセリフのシーンに胸が熱くなりました。
どんな思いを込めてこの言葉をそれぞれが口にしたのか…。
「男たちの大和」でもそうだったのですが、
近年の太平洋戦争を扱った作品では聞けなくなった言葉です。
悲しいかな、日本人がこの映画をつくると、
これらのセリフは端折られていたかもしれません。
このセリフを劇中で聞いて、
見られた方々はどう思われたでしょう?
馬鹿な中国人や韓国人が叫ぶような
日本軍国主義だとか、天皇崇拝だとか感じられたでしょうか?
「天皇陛下、万歳!」
「靖国で会おう」
そう言って戦い死んでいった兵隊さん達。
でもその実は、手紙に書かれていた通り、
彼らの家族のために戦っていたという事、その事実。
本心を言えないが故に「天皇陛下、万歳!」とどんな思いで
兵隊さん達は叫んでいたのだろう?
私は日本人であるがために、
他の国の方にはきっとわからないであろう
このセリフに込められた意味を感じ取れると思いました。
どんな奇麗事でもなく、
それを思うと胸中が熱くなってくるのです。

2万1900人が硫黄島で戦死され、
生き残ったもの約1000人。
硫黄島で戦った兵隊さん達の話を、
私達日本人は忘れてはいけないのだと
つくづく感じた映画でした。
戦後60年。
できればこの映画は、日本の映画として作って欲しかったです。
「父親たちの星条旗」そして「硫黄島からの手紙」。
それぞれの兵士の立場と思いと、
あまりにも違う兵器の性能と物量を、
そして鎮魂の気持ちを感じながら、
この映画を作ってくれたクリント・イーストウッド監督に感謝です。
付け加えて、お願いするなら、
「父親たちの星条旗」のエンドロールにあったように、
実際の資料写真を今作でも見せて欲しかったです。
日本側の資料が少なかったかもしれませんが、
実際の資料を見せてもらうか否かでは、
随分印象も変わったと思います。
また、バロン西に対する投降勧告を
アメリカ軍が再三にわたり行ってきた。
というエピソードを私は聞いてきましたが、
今作では描かれてはいませんでした。
どうしてなんでしょうね?
そして、栗林中将もバロン西も、
未だに遺体はかくにんされておらず、
実際の最後もわかっていないそうです。
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