打たれても出てくるのが本物 [2008年07月18日(金)]
ここ最近のほぼ日で面白いのが
そば屋という仕事
ってやつで。糸井さんが常連でいっているそば屋さん「三合菴」を経営している夫婦と糸井さんの対談なんだけどさ。じわっと感動できるコンテンツなんだけど、そこででてくる言葉が
経営の厳しい状況、それを我慢しつづけれらなければ、
「こころざし」が風化してしまうことになる。
ってのがすごく刺さってだね。
どんなことであれ、”志”をもってそれをずっと持ち続けて実現に向けて
邁進していくってのがすごい大事だし、どれだけ大変だか、ってことなんだなぁ、と。
てきーら自身が、やっと、34年かかって、ちょっとね、ほんのちょっとだけ、”こころざし”らしきものを持って進めるようになってきて、つくづく、自分のあこがれるのは”こころざしを持って進む人”なことを認識したのですよ。
この記事の件名にした文章のもとは、彩雲国物語の6巻で出てくるんだけど
すんごい商人の柴凛が、主人公の秀麗に対して
「まあ出る杭はとりあえず打たれるものなんだよ。打たれても出るのが本物だ。自慢じゃないが私も彰も出るまでは散々打たれてきたぞ」
ってゆっくりと語るシーンがあってね。すごく納得できてね。
てきーらの人物観として、お付き合いをしたいと思う人(男女問わず)は尊敬もしくは、面白い(interest ね)人なんだけど、尊敬できる理由の多くはこの”こころざし”を感じさせるかどうかなんだな。 続きを読む...








